のぞき!ふぉ。

 こちらに近づいてくる気配を感じた。
 私たちはにわとりじみた素早さでドアの方を見る。

(誰か、来ている……?)

 2種類の足音が聞こえた。確実にこちらの部屋に向かってきている。

 突然、志田が私を目がけて突進してきた。身構える間もなく、幼児をだっこするみたいにひょいと抱きかかえられ、抵抗する間もなく連れ込まれたのは、クローゼットの中だった。

ピロン

 私を下ろすと、ちょうど私のズボンのポケットの中でスマホが震えた。その時だった。
 不意にポケットの中に突っ込まれ、ひったくられた。なんの前触れもなく。
 あまりにも唐突で、一瞬ポカンとしてしまった。

「なっ!」

 はっとして取り返そうにも、こいつはわざと私が届かないところに高く掲げてやがる。チビであるがゆえ、170近くある志田に見下ろされているのが気に食わない。土足で踏み荒らされた気分である。

「ちょっと、返……」

 私の口はクローゼットの扉が閉ざされたのち、志田の大きな手によって閉ざされた。
 暗くなった部屋の中、スマホの画面の明かりが志田の顔を照らした。幽霊かと間違うような青白い顔がぼうっと浮かぶ。唇を突き出して「しー」と囁いた。

 やがて画面の明かりが消え、ルーバータイプの扉の隙間から射し込むオレンジ色の乏しい光だけが唯一の明かりとなって、暗く狭い箱を灯す。
 闇の中、志田の顔が縞模様となって浮かぶ。

「面白ぇもん見れっから」

 森に潜む獣のように光らせた目、そして、端正な歯並びに尖った犬歯をのぞかせて笑ったのが見えた。
 形容するなら、いたずら好きな少年のような意地悪な顔––––いや、そんな可愛いもんじゃない。黒猫が不吉な予兆を示しているような、恐ろしいものを感じる。
 彼女が一体なにを企んでいるのか。私にはわからなかった。

 差し出されたスマホは電源が切られていた。いぶかしげな顔を志田に向けつつ、さっきの仕返しをするように乱暴にひったくってポケットに戻す。
 クローゼットの中は思いの外、狭くてこいつの体温が嫌でも感じる。窮屈なのは、こいつの大きな体躯のせいだろう。心の中で、舌打ちする。

(てっこだったら幸せだったのに……)

 ガチャリとドアが開かれる。私たちはまた、にわとりの早さで部屋を振り向く。足音の正体が姿を現した。平手と長濱の二人だった。
 平手の姿を見ただけで、ときめいた。志田に対する苛立ちがすっかり吹っ飛ぶ。

 これまでは、平手のことは諦めようと、彼女の姿が視界に入らないよう努めてきたが、どうしても視界の端とギリギリのところで確認してしまう。悟られたくない、という妙なプライドもあった。

(向こうは私のこと見ていないのにね。笑える)

 髪の毛を手ぐしする。羽ばたきするみたいに、腕をパタパタする。ほっぺを膨らます。ひとつひとつの動作が、愛くるしい。
 クローゼットの隙間から覗く光景は、盗撮みたいであまりいい気がしないが、素直な感想を述べると新鮮だった。
 平手のごく自然な一面が見れるから。
 ねるで良かったと安心した。もしも、梨加だったら、知りたいようで知りたくない一面を知ることになっただろう。さらに、これから先の展開の想像は容易く、嫉妬で狂っていただろう––––。

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