のぞき!ふぉ。

 平手の部屋。受け取ったカードキーをドアノブ上の機械に差し込んで、電子音と解錠音がしてからドアを開ける。
 中は暗い。電源スイッチを入れると、枕元の間接照明が点いた。ほの明るくなった部屋を見回す。預かったものを置けるのは、丸型テーブルと、枕元のテーブルと、ベッドの3点ぐらいだった。
 後ろの志田になんとなく聞いてみる。

「どこに置いたらいいかな?」

「どこでもいいんじゃね?」

 志田は、夫婦生活に慣れきった旦那みたいに答えた。
 聞く相手を間違えた。Siriの方がまだ役に立つかもしれない。

(じゃあなんでついて来たんだよ、ア・ン・タは!)

 私は、夫婦生活に慣れきった妻みたいにうんざりした。
 訳もわからず、のそのそとついて来たこいつに「独活うど大木たいぼくめ」と覚えたての言葉でなじる。もちろん、心の中で。
 結局、預かったものは枕元のテーブルに置くことにした。一番明るいところだし、わかりやすいと思ったから。

(さてと)

 用事が終わったところで、私を挟む2台のベッドを見比べる。右利きだからか、右側のクローゼットの方に位置してるベッドにダイブした。
 思いっきり息を吸い込む。私の鼻を満たしたのは、しわひとつなくピンと張ったシーツからする、業務用洗剤の香りだけだった。

(このベッドにてっこが……)

 平手がこのベッドの上で横臥おうがしている姿を想像してみたら、シロップが染み込んでいくみたいに、甘い感情がゆっくりと胸から広がっていった。
 彼女持ちの人を一途に想う愚かしい自分に苦笑しつつ、ゆっくりと目を閉じる。

(やっぱり好き––––)

「まだ好きなの?」

 後ろから飛んできた唐突な質問に目を見開く。私は甘い夢想を中断させた犯人の方を振り返った。
 間接照明に照らされた志田の表情はいつものポーカーフェイスで、相変わらず感情が読みづらい。一癖あるアンニュイな雰囲気が、どことなく悲哀が漂う。硝子がらすのような繊細な美しさ、それが、彼女の持つ不思議な魅力だろう。
 美人。綺麗。麗しい。ビューティ。
 知っている言葉を羅列したが、どれもいまいちピンと来ない。
 “奇麗きれい”。
 その言葉が相応しい人と思った。
 志田の独特な存在感に、ごくりと唾を呑み込む。

「なにが?」

 本当は聞かなくても分かっている。次に続く言葉は––––。

「てちのこと」

「違う!」

 平坦な声で続ける志田に、間髪入れず答える私。もはや答えているようなものだった。心臓の鼓動が早まる。
 どうやら、面倒臭がりな彼女がついて来たのは、私の恋心を確認するのが目的だったらしい。ヘマ踏んでこいつに意中の人を告白してしまったことを、改めて後悔した。

まだ好きだったんだ。彼女持ちの人を。可哀想に。

 痛ましいものを見た、とでも言いたいのか、切れ長の鋭い瞳がかすかに細められた。軽蔑とも取れる同情めいた眼差しが実に、気に入らない。こいつのやることなすことが、いちいち私の神経にさわる。
 やり場のない苛立ちは予期せぬ事態によって、シャットダウンされた。

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