ファーストキスは突然に

 私は今、ショッピングモールにいます。そして、なぜか梨加ちゃんとデートすることになっています。

 事の始まりは、本当は梨加ちゃんは志田と一緒にショッピングする予定だったらしい。梨加ちゃんは志田と大変仲が良く、レッスンでも一緒に居残ることが多かった。志田は運動神経はいい方なので梨加ちゃんに付き合ってあげる形で居残っていたが。
 しかし、志田はかなりの気分屋で「だるいから」という理由でショッピングの約束をドタキャンしたのだ。
 どこか凹んでいる梨加ちゃんの姿を見かねて、私が付き合うことになり今に至るというわけだ。
 以前から気になっていた人と二人きりでプライベートで遊ぶことは初めてのことだった私は浮かれていた。

「わぁーあれ、かわいいですよね!」

「うん……」

 これが番組のロケ企画だったらきっと、梨加ちゃんのテロップが半透明表記になっていたであろう。30デジベルくらいの音量じゃなかろうか。そのくらい声が小さかった。

「あ、あれ最近流行ってるのじゃない?」

「ん~」

「なんかテレビで出てましたよ」

「ん?」

 困ったことに会話が弾まない。自分はもともと積極的な性格ではなくて、年上の方と話すのは少し勇気がいることだった。ところが梨加ちゃんは見ての通り、コミュ障な上、ひどいくらいに消極的な性格の持ち主だった。なんとか話題を振るも「うん」「ん?」以外の返答はほぼなく、私が一方的に話してる状態が続いている。
 14歳が持っている話題の引き出しはそうそうなく、お互い話題に窮して無言のまま歩くだけの時間が続いてしまった。なにか話題を振らなくては、と脳をフル回転させてると、ふと隣にいたはずの梨加ちゃんの姿が忽然と消えたことに気づく。

「えっ、梨加ちゃん……」

 まずい、このままではキャリーバッグ置き忘れ事件とココアぶちまけ事件に続いて迷子事件というエピソードが生まれてしまう。慌てて周りを見回すと、困った姉ちゃんは随分と後ろの方で立ち止まっていた。
 「もう」と安堵からか、それとも不満からか、どっちともつかない声を漏らしつつ、彼女の元へ駆け寄ると、何かに取り憑かれたようにその場を動かない。彼女の視線を追うと、水族館の方に向けているということがわかった。

「もしかして、行きたいんですか?」

 梨加ちゃんはこくりと遠慮しがちに頷いた。彼女からアクションを起こすのは初めてだった。

「じゃ、行きましょう!」

 私は親睦を深めるチャンスだと思い、彼女の手を引きつつ室内を回る。

「おぉ~……」

 声の小ささは相変わらず健在だが「うん」「ん?」以外に聞く彼女の声に進展を感じ、うれしくて思わず顔がほころぶ。

「あっ」

 あちらの方を見るないや、パタパタと駆け出して水槽に張り付き出した。彼女の後に続くと、そこには大きな水槽の中を泳いでいるサメの姿があった。

「シュモクザメだ~かわいい」

 サメに手を振ったり、指でトントンとガラスを叩いたりして今日初めて見る笑顔をサメに振りまいている。不思議なことに、梨加ちゃんはサメのことになると饒舌になる。そういえば、梨加ちゃんが宝物だと言っている「アオコ」ってジンベイザメのぬいぐるみだっけ。ちっともジンベイザメには見えないかわいらしさだが。

 ワクワクしながらサメを目で追う梨加ちゃんの横顔はとても綺麗で、かわいらしかった。 梨加ちゃんってこんな顔するんだ、と思った。今まで想像だにしなかったけど、もしも、梨加ちゃんが恋をしたらこんな顔になるんだろうか。それとも、私が知らないような顔を見せるのだろうか。
 サメに見とれてる梨加ちゃんに見とれていた。

「サメが好きなんですね」

「うん…」

 照れながら頷く、その姿がかわいくて胸が締め付けられた。そして、なぜだかわからないけど、サメのことがうらやましくなった。
 結局、他のコーナーを回ることなく、閉店時間のお知らせが来るまでサメコーナーに張り付いた。