初デートの巻

今日はがんばりきの日です……!

 

 京都個別握手会の翌日。私はやや緊張した面持ちで鏡と向かい合っている。
 メイクはばっちしか、香水はきつくないか、服装はTPOをわきまえているか。ひっきりなしにチェックをする。私はこの後、デートだ。

明日、ちょっと私とデートに付き合ってくれない?––––

 昨晩の夕食後、部屋に戻ろうとした私を呼び止めた茜から、まさかのデートのお誘いを受けたのである。同部屋の瑞穂になんとなく聞かれちゃいけない気がして、一度開けたドアをそっと締め直した。

 夏の野外ライブのせいだろう。茜の淡い小麦色に日焼けした肌は、健康的でセクシーに感じられた。美白主義の彼女からしたら死活問題に等しいだろうが、私からすると魅惑的なメイクアップだ。白い歯が一層輝いて見える。
 夏は卑怯だ。女の子を可愛くさせるからだ。
 ダイヤモンドのような笑顔を向けられて、断る馬鹿がいようか。反射的に首を縦に振って、即答した。
 私は、好きな人と夏の思い出を、なにか残したかった。

(デート、がんばりき!)

 

 

 

 翌朝、集合場所で茜は自信に満ち溢れた様子で颯爽さっそうと姿を現した。
 彼女のデートコーデは、上はベージュ色のノースリーブニット、下は紺色のプリーツミニスカートの組み合わせという、大人びた格好だった。そんな彼女に、ラフな格好をしたメンバーたちがざわつく。
 茜の元に「気合入ってるね、なんかあるの?」と斎藤がちょっかい出すと、彼女は意味ありげに含み笑いするだけだった。別に隠すことでもないのに、なんだか秘密を共有しているみたいで、私はものすごくドキドキした。

 午後に予約した新幹線の便までの間、自由行動できる時間はたったの三時間だった。これでも時間を作ってくれたほうで、むしろ感謝すべきだろう。
 シンデレラみたいだなぁ、なんてメルヘンチックなことを考えてみたりする。

 スタッフの解散の合図とともに、茜がぐいっ、と勢いよく私の手を引いて真っ先に玄関を飛び出した。その拍子にぼきっ、と関節が鳴った。
 自分のペースでリードを引いていく飼い主のような茜に、ぐいぐい腕を引っ張られ、足がもつれそうになりながら必死に彼女についていく。
 デート開始早々、王子様がお姫様にリードされる、ちょっとおかしなシンデレラ物語の幕が開けた。

「茜、速い速い」

「だって、時間がもったいない!」

「そ、そうだね!」

 格好つかないが、悪い気はしない。ワクワクが止まらない。
 そんな私たちを、後ろから同志たちがニヤニヤしながら見ているのが眼に浮かぶ。

(こういうことは、こそこそやりたかったのに~)

 

 

 

 電車に揺られながら、スマホのメモ帳で事前にまとめておいた観光スポットの情報を確認する。
 デートに誘われた後、睡眠時間を削ってまでネットで検索した「京都 デート おすすめ」ワードで、上位にきたのが“嵐山”であった。

 清水寺もいい雰囲気かと思ったが、休日で人混みが予想される。それに、清水寺はメジャー中のメジャーなスポットで、ほとんどの人なら修学旅行とかで行ったことがあるだろうと思ったので避けた。
 嵐山は京都駅より少し離れており、電車に乗る必要があったが、大人のようなデートを過ごせそうな気がした。

(まあ、単にカッコつけたかっただけなんだけどね)

 隣に座っている茜が、私のスマホ画面を覗き込んできた。私の目の前にある明るい髪から、ホテル備え付けのシャンプーのチープな香りではない、甘くて品のいい香りが鼻をくすぐる。

「調べてくれたんでしょ? いきなりのお誘いなのに、ちゃんとプラン練ってくれたなんて。ほんと紳士~」

 彼女はごく自然に、腕を絡ませてきた。

「はは、い、いや。そりゃ、可愛い茜のためなら。なんでもやるし」

 たどたどしい口調ながらも、クサい台詞を吐いてみる。茜は鼻の頭に皺を寄せて「えー、チャラー」と苦々しげに言った。
 茜が好んで読む少女漫画では、チャラい感じの男性がよく登場するということは既にリサーチ済みだ。分不相応にもちょっとチャラい風を演じてみせたのだが、ひょっとすると、このテクは彼女には逆効果かもしれなかった。慌てて、頭の中にあるデート台本の“チャラいキャラ設定”を完全に塗りつぶす。

「えへへ、うん。頑張っちゃった!」

 これでいいのだ。

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2件のコメント

  1. インターチェンジ面白すぎて一気に見ました!
    次の更新はいつですか?
    待ってます!!

    +1

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