初デートの巻

 会話をひとつも交わさないまま、嵐山のシンボル“渡月橋とげつきょう”を渡っていく。下で流れている桂川かつらがわは、嵐山の美しい風景を水面に映していた。
 私の心模様とは正反対に、広い空は晴れ晴れとしており、川は燦々さんさんと輝いている。一望千里いちぼうせんりの眺めに、行く者が立ち止まって写真を撮ったりする中、私たちは目もくれずに素通りする。

 嵐山独特の景観を楽しむどころじゃなく、下を向きながら歩いていた私はふと顔を上げると、茜が結構な距離で先を歩いていることに気付いた。距離が徐々に開いていく。
 私は慌てて少しでも歩み寄ろうにも、距離が一向に縮まらない。茜の影は、まるで私を避けるように逃げて行く。影踏みをしようとしても、逃げる。
 夏の終わりを告げるような、ひんやりとする風が頬を撫でた。

「茜……ごめん! さっきの忘れて!」

 恋は元から叶わないのは承知だ。これまでの関係を崩れるのが、なによりも恐ろしかった。
 ぴたりと、茜の足が止まる。

「茜が可愛いのは本音だけど。その、なんだろ……あくまでも」

 頭をフル回転させようにもぴったりな言葉が出ず、ああでもないこうでもない、と頭を抱えながら悶々とする。我ながら情けない。
 茜がようやく振り向いたと思ったら、私の元へズカズカ歩いてきて、いきなり胸ぐら掴んできた。近くで見る顔は紅葉のように、季節外れな赤さを帯びている。

「友香! あんた、いい加減にしてよ」

 あまりの迫力に思わず敬礼しそうになった。

「はいっ! えぇっ、な、なな、なにがですか……」

「好きな人いるんでしょ!」

「います! あっ」

 思わず答えてしまった。

「……誰なの?」

 茜の瞳がまた潤みだす。こんな時に不謹慎だが、妙に色っぽく見えてしまう。

(駄目––––茜の恋を邪魔しちゃ、駄目だよ。この想いはしまっとかなきゃ……)

 想いが喉元まで込み上げてくるのをグッと抑え、目を逸らして答える。

「言えるわけないじゃん」

 茜の顔が一瞬、般若に見えた。

「ちょっと、茜怖いよ……」

「私のことがッ、好きなんでしょ!?」

 静寂な雰囲気をぶち壊す、大ボリュームの啖呵たんかを切ってきた。脅迫まがいの質問に気圧された私は、メデューサに睨まれて石化したように、頷くことすらできないまま硬直していた。

「違うの……? ねぇ」

 般若もしくはメデューサかと思ったら、急に弱気になる。常に自信に満ち溢れて気が強そうな彼女が、弱々しく眉尻を下げている。茜の利かん気そうな目が、涙で溜まっていた。

「あの……」

 自分は紳士失格だ。好きな人を泣かせてしまうなんて。
 私は結局、茜の本心を知るのが怖くて、傷つくのが怖くて、臆病に逃げているばかりではないか。相手の気持ちを知ろうとしないで、恋が実らないと嘆くなんて……なにが紳士だ。聞いて呆れる。
 私は、息を深く吸い込んだ。
 菅井友香、腹を決めます。

「告白させてください」

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