駅からまた遠ざかっているのに、気付いた。私たちは引き返すどころか、そのまま進んでいったのである。
「茜?」
返事はない。そのままついて行くと、「嵐山公園」に入っていった。公園では、家族連れやカップルたちが長閑に休暇を謳歌していた。そんな彼らを縫うように歩いていく。桂川のほとりに立つ桜の木に向かって。
茜は私を繋いだまま、桜の木に背をついた。垂れた枝が簾となって、私たちを隠している。
経験が浅い私でもわかる。これは、誘っている。
「あの……?」
「なに? ぼさっとしてないで、さっさとしてよ」
「えっ。な、なにをする、の?」
茜は肩を落として軽く白目を作った。 嘘でしょ、と言いたげだ。
「デートの終わりっていったら、することあるんじゃない?」
「ちょ、ちょっと待った!」
大人すぎる彼女に、お子ちゃまな私はどぎまぎしてしまう。
「その、あの、えっと。急かすとかそういうんじゃないけど……」
再び、動悸が早まる。それは、息苦しさを覚えるほどに。
「私、茜の恋人に、立候補してもいい、ですか?」
怖かったけど、それ以上に茜の気持ちを知りたい感情が上回った。
「茜の気持ちは、どう、なのかなって思って。あっ、返事は今すぐとかじゃなくてもいいんですけど……」
茜からの返事は、ない。沈黙に負けた私は。
「……無理だよね、やっぱり。困らせちゃってごめんなさい」
言い終わると同時に、引っ張られた。茜と接近距離にあって、私の心臓がまた早鐘を打つ。
心臓がもたない。きっと、寿命5年分縮んだに違いない。
「なに勝手にフラれてんの。そんなにフラれたい?」
頭をふるふると横に振る。
「好きじゃない人とはこういうことするわけないでしょ、それぐらい分かって」
こういったことに慣れていない私は驚愕を露わにするだけで、知性的な返しができずに、あたふたするばかり。開いた口が塞がらない。
「答えはイエスなんですけど。友香の鈍感」
茜の指先が、私の顎に這わせていた。動きはどこか、いやらしい。彼女の色気との相乗効果が、健全なフタナリには毒だった。
この時の私の気持ち、わかるでしょうか。予想外の返事にどうしようもなく動転しており、漫画なら顔に無数の斜線を入れてるくらい、ひどく赤らめている。
現に今、直立不動の状態で硬直しているのだから。
「手繋いで帰ろうか」
茜はいきなり、私たちがカップル役を務めた曲名を口に出したと思うと、手を絡ませ、親指で私の唇を撫でてきた。明らかに確信犯である。
「の続きをして」
茜はゆっくり目を閉じた。彼女の白い肌に、長い睫毛が影を落としている。その目尻には、印象的な泣きぼくろがある。彼女が大人の色気を出せる大きな武器のひとつとして、その官能的な泣きぼくろの存在に違いない、と私は勝手に推測している。
なんとなく辺りをきょろきょろしてから、距離を詰めた。
「大事にします」
返事代わりに、茜は微笑んだ。私も目を瞑った。その時だった。
「友香と茜~?」
触れる直前、聞き慣れた声にビクッとした私たちは慌てて離れた。簾のような垂れた枝から姿を現したのは、小池と土生だった。
「えっ、二人とも何してん?」
小池は訝しけな顔を私たちに向けた。私たちの親密さに、友人以上のなにかを感じ取っているような様子である。逆上せていた私は、急に冷や汗をかいた。
「ちょっと髪にゴミがついてたから、取ってもらってたの」
あたふたしている頼りない私の代わりに、茜が冷静な調子で答えた。小池の顔が明るくなった。
「もーびっくりした! あまりにも近かったから!」
瑞穂は八重歯をのぞかせながら笑っている。茜はまさか、と言わんばかりに笑っていた。私も合わせて、愛想笑いをした。内心、心残りが凄まじかった。
帰りの便の時間も迫っていたので、土生小池ペアと一緒に駅に向かうことにした。
今度は、美しい景色を存分に楽しみながら橋を渡ると、茜が腕組んで耳元で囁いてきた。
「友香、好き」
「ふおぇっ!?」
思わず奇声をあげると、前を歩いていた土生と小池がびっくりして振り返った。
「えっ、なになに⁉︎」
「びっくりしたやん!」
「あ、いや、あの、えっと。蚊がいて。ごめんなさい、はは……」
茜と一緒にいると、全く気の休まることがない。しかし、それも嬉しい悲鳴だ。
私があの祈願用紙に書いた「私の気持ち」が吹き飛ばされたのも神様のいたずらだろうか、と思うと、今度は感謝するように祈った。
(恋の神様! 本当にありがとうございます! 茜は、“私が”絶対に幸せにしてみせます!)
名前, thanks so much for the post.Really thank you! Great.
インターチェンジ面白すぎて一気に見ました!
次の更新はいつですか?
待ってます!!