友香と私。幼馴染の私たちは通学も、席の場所も、体育のペア組みでも、昼休みでも。ずっと一緒だった。生徒会長と生徒副会長は小学、中学、高校と私たちペアで決まっていた。私は生徒会長に立候補したが、皆は友香を支持していた。面白くないと感じたが、どこか腑に落ちる面もあった。友香は天然でポンコツなところもあるけど、何事にも誠実に取り組み、人を選ばない人柄の良さが多くの人を惹きつけて止まなかった。私も惹かれた一人だった。
中学3年の秋。生徒会の活動も終わり、お開きになったところで友香は「あぁっ!」と、青ざめた顔で声をあげた。
「みんなぁ! ごめん! パンフレットを綴じるの忘れた!」
友香は私たち生徒会員に、平謝りに謝っている。
データは既に出来ているのだが、出力して綴じる作業をする必要があった。締め切りはジャスト明日の朝。私は寮暮らしの為、遅くなっても問題はない。友香はお迎えがあるので問題はない。必然的に残るのは決まって私たち二人だった。
「もーちゃんとしてよ」
「ごめんなさい……」
「いいけどさ、これも幼馴染の願いだし」
生徒会室で私たちだけが黙々と作業をこなす。全てが片付いた頃には外はすっかり暗くなっていた。
「いや~事実、茜が生徒会長だよね」
「友香の方が人気があるんだけどね」
「そんなことないよ、茜も結構頼られてるじゃん」
頼られているというよりは、服従に近かった。皆が私の顔色を伺いながら接してきているのは自分でもわかっていた。頼りないけど愛されている友香には一生勝てないと思う。
「はぁ、茜に頼ってばっかだなあ私……強くなるって決めてたのに」
“強くなる”
その言葉にどきんとしちゃって、思わず書類をこぼしてしまった。不意に子供の頃の記憶が蘇る。
強くなって、茜と結婚するんだもん!––––
(なに動揺してんの、私……!)
「だ、大丈夫? 茜ちゃん」
「黙って見てないで、手伝ってよ!」
「あわわ、ごめんなさい! ただちに~!」
一生懸命に書類をかき集める友香のいじらしい姿を見つめていると、視線に気付いた彼女は顔を上げた。視線がばっちり合うと、友香の顔はぽっと赤くなり、また書類に視線を戻した。
「顔が赤いけど?」
「茜があまりにも私のことを見つめるから……」
誤魔化すように耳に髪をかけた。耳まで真っ赤だった。
(なにそれ、いじめてって言ってるの? 反則じゃない?)
「ねぇ、強くなるって言ってたけど––––」
友香に顔を近づけて、茶化すような調子で訊いた。
「まだ私と結婚する気なのー?」
私の冗談めいた質問に、友香は猫のような目を細める。そして、切ない眼差しで、私の顔を見つめて言った。
「……私がずっと一緒じゃだめ?」
答えに詰まってしまった。私は戸惑っていた。胸の動悸が激しくなったのを覚えたから。どんな顔をしていたかは分からないが、少し赤面症の私はきっと顔を赤くしていたんだろうな。
にやける口を必死に堪えて「ふぅん」とだけ返して、目を泳がせる。
「茜……」
「さて! 終わったことだし、帰ろっか!」
慌てて帰りの準備を始める。動悸がおさまらなくて、いよいよ苦しくなった私は「心臓ってば静かにして」とばかりに、胸を拳で叩きながら友香の先を歩いた。
玄関に出ると、友香のお使いが既に迎えに来ていた。
「じゃあ、また来週ね」
「茜。ごめん、私がずっと一緒じゃうざいよね……」
突然のことを訊かれた私は面食らった。
「え?」
「高校の進路、実は迷ってるんだ。茜と一緒のとこ行こうか考えたけど、迷惑かけてばっかだし強くなれないから、もう一つの志望校へ……」
(なにそれ、友香は私がいないと駄目なんじゃないの?)
「許さない!」
思わず私はそう口走っていた。
「えぇっ!?」
「私から離れたら、興味なくすから。友香のこと」
「そ、そんなぁ……」
涙目で慌てふためく。そんな姿もまた私をくすぐるのだから。
「友香に何があったら私が助けるし、ありがたく受け入れたら?」
「は、はいっ!」
友香は敬礼ポーズをとった。
「ちょっとそれ、やめてよ。なんかしらないけど、私が来たらそのポーズをとるって生徒の間で流行ってるみたいだけど」
「あはは、ごめんごめん」
友香は一拍のち、もじもじしながら上目遣いで訊いてきた。
「高校……一緒でもいいかな?」
私は愚問ね、と心の中で小突きつつ、満足そうにうなずいた。
「むしろ私いなくて困るのはそっちじゃない?」
「うう……面目無い……」
両手で頭を抱えている友香。そのいじらしい様子を独り占めしたい、なんて思っていると、友香はなにかを思い出したように顔を上げた。友香は振り返って「爺や、ちょっと待ってて」と、迎えに来た爺やに一言伝えると、鞄をゴソゴソしだした。
「茜、今日誕生日でしょ?」
指摘されてやっと、今日は私の特別な日であることを思い出した。部活に、生徒会活動に、受験勉強に、追われていた私は自分の誕生日をすっかり忘れていたのだ。
「忘れてた……」
「もう、茜ってば……じゃん! プレゼント!」
友香は屈託のない目を細くして得意そうに、プレゼントを差し出してきた。私は目を爛々と輝かせながら「開けていい?」と聞くと「うん!」と無邪気な声で答えてきた。
プレゼントの箱を開けて、取り出す。茜色に染まった背景に、テニスラケットとテニスボールが載っているマグカップだった。
「ね、見て! 私とお揃い!」
友香は嬉しそうにマグカップを持ち上げる。友香のは緑色の背景に、馬が載っていた。
「将来……一緒にこれを飲みながら暮らそうね!」
今度は私の心臓がずっきゅーんと跳ね上がった。「心臓、ちょっとうるさい」と、胸を押さえるも、胸の慄えが収まる気配はない。
「さぁ、どうかな。素敵な殿方が私を掻っさらうかもしれないし」
私はまたしても、可愛げのない返事をしてしまった。
「あちゃー、受け流された!」
私は先ほどの台詞を頭の中で反芻する。
“強くなれないから”
もしかして、友香って本気で私と将来考えてるのかなと考えが一瞬頭をよぎった。私は慌てて振り払った。また心臓がうるさくなる。
これが中学生の思い出。