こじらせ系女子

私たちの“幼馴染”という関係が一度崩れかけたことがあった。あの友香が襲いかかってきたのだ。

 

 

文化祭が終わった数日後、体育館で備品のチェックをしていた時のことだった。友香がどことなく元気がないのが気がかりだった私は、転がっているバスケットボールを籠に入れながら彼女の様子を伺う。

「友香。どうしたの? 具合でも悪い?」

「ううん……」

力のない返事が返ってくる。

「ふーん」

ネガティヴな友香のことだ。きっと些細なことで悩んでいるのだろう。いつものように、そっとしとくのが一番だと心得ている私は気にかけることなく、片付け作業を進めた。
チェック作業に入り、友香から差し出されたチェックシートを受け取ろうとした時––––。

「愛佳ちゃんとキスしたね」

友香はチェックシートを離さず、訊いてきた。真剣な眼差しで私を見つめて。予想通りの質問だったとはいえ、どきんと胸を打った。

「……うん! 志田かっこよくて。ちょっときゅんってなっちゃった~」

友香の反応が嬉しかった私はわざとらしく言う。

「茜って、志田の前にもキスしたことあるんだ。私なんてまだファーストキスすらしてないのに、進んでるなぁ~」

友香がまだファーストキスを誰にもあげていない事実に嬉しくなりながらも、あまりにも哀しげな眼をしている彼女に、一抹いちまつの不安を感じ始めた。

「う、うん。あるよ。普通じゃない?」

志田がファーストキスの相手だなんて悔しくて言えなかった。すると、友香の顔がみるみる赤くなり、涙を浮かべたまま俯き出した。

いつか逃げられちゃうよ––––。

志田の言葉がよぎる。不安の塊が大きくなり、たまらず友香に白状しようとしたところで押し倒された。マットの上に重なる私と友香。私は友香の予想外の行動に狼狽うろたえる。私たちが築いてきた幼馴染という関係は、ジェンガのようにあっさりと崩れた。
私の上になっている彼女の瞳は潤んでいる。友香は何も言わず、私の唇に重ねてきた。私の手を握っている彼女の手は震えていた。

「茜、もう気付いてると思うけど」

友香は目に涙を滲ませて唇を噛みしめながら、震える声で言った。

「私、茜のことが凄く好きなの……」

しゃくりあげながら想いを告げてきた。彼女が流す涙が私の頰にぽたぽたと落ちてくる。熱かった。

「初めて会った時から……初恋が茜なの」

友香が私のことを好いていたのはなんとなく気付いていた。ただ、私が思っている以上に友香は自分のことを想っていたということに、怖気ついてしまった。

友香との関係に周りは祝福してくれる?
友香と一緒に乗り越えていく自信はある?
友香と別れたとしても変わらない関係を築ける?

私たちに立ちはだかる現実的な壁が、こうなるのかなと描いていた空想を微塵みじん粉砕ふんさいさせた。私はとにかく、その場から逃げたかった。自分に自信がないという、勝手な理由で。

「えっ、駄目だよ、不味いよ」

「え……?」

「だって」

私たちにとって最大の暴力の言葉を友香に投げつけたのだ。

 

私たち女同士じゃん––––

 

拒否ったのは自分の方だった。

 

翌日、皆勤賞を誇っていた友香が初めて休んだ。この事態に学校は結構なニュースになっていた。数日後、やっと登校した友香は抜け殻のようだった。
私はいつも通りになると思っていた。友香はまた以前のように追っかけてくれると思っていた。いや、そう思いたかった。しかし、それ以来は友香は距離を置くようになり、互いに卒業するまで気まずい時間が続いた。

卒業式でもお互い言葉を交わすことはなかった。「卒業おめでとう」の言葉すらもかけることもできず––––。
これが私が一番後悔している思い出。

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