こじらせ系女子

決めた。マッチングアプリを使って出会おう。
入会するにはFacebookのアカウント情報を登録する必要があった。会社の人や知人にバレないかと危惧きぐしたが、どうやらそれを避けるための対策らしい。なるほど、と安心した私は登録した。

(広告にも「真剣な出会いを求めている人限定」ってあったし、大丈夫でしょ)

メールアドレスやパスワード類の個人情報を登録した後、自分の写真とプロフィールを更新した。写真は志田に撮ってもらった自信の一枚にした。

趣味:ショッピング、オーガニック料理、自分磨き
特技:テニス、柔道、料理

早速、「いいね」がたくさん押された。想像以上の反響に嬉しくなり、すっかり得意になる。

(あらこれって、処女卒業どころか色んな男とエキサイティング出来そうな予感!)

一人ずつ吟味して「いいね」「うーん」の振り分けをする。多くの人から「いいね」を貰ったんだから多少は欲張っても文句ないよね、と選考基準はうーんと厳しくした。すぐして、マッチングした人からメッセージが来たので返事する。

「マッチングどもー! 柔道得意なんだ!」

「はい! 小さい頃に習ったきりですが」

「俺と寝技の練習しないー? 笑」

(真面目な出会い系じゃなかったの!?)

下心見え見えなメッセージや宗教勧誘を匂わせるメッセージに、自分の処女卒業という野望がまた遠のいた、と項垂うなだれていたところで紳士的なメッセージが目に入った。

「茜さん、お綺麗なお方ですね。プロフィール欄でもしっかりと自分の考えを持っていて素敵です。もう少し茜さんのことを知りたいと思い、いいね!を押させていただきました。もしよければお話ししませんか」

これまで頂いた軽々しい挨拶とは違い、礼儀正しい態度に好印象を持った。年は29。趣味はドライブ。たばこは吸わない。容姿も写真を見る限り、さほど悪くない。悪くない案件だった。お互いメッセージを交わすうちに、ずいぶん親しくなっていた。

「茜さんがよければですが、LINE交換しませんか?」

それから私たちは食事の約束を取り付けた。仕事後、待ち合わせ場所にドキドキしながら彼の到着を待つ。内心、すごく緊張していた。デートの経験が全くないわけではないが、両手で数えられる程度しかなかった。経験が浅いのがバレないよう、落ち着いたような表情を取り繕う。
待ち合わせ時間より5分前に彼は現れた。写真より少し背丈の低い感じがしたが、爽やかな好青年という印象だった。

(すごくいい感じじゃない?)

連れてくれた居酒屋も私の故郷ふるさと、宮城県の仙台料理が次から次へと運ばれてきたのだ。完璧なデートプランに私はすっかり有頂天うちょうてんになっていた。

(もな! ぺー! もん! やはり私にできないことはない! そして次会う頃には、貴女たちの強烈ガールズトークに付いていける女になってるからね!)

初対面でありながら話を弾ませていたところで、彼のスマホが鳴った。LINEの通知が来た瞬間、彼はそそくさとスマホを裏返したのだった。まるで見られないように隠した風にも見えた。それだけではなく、お手洗いに席を外す際もスマホを肌身離さずに常備していた。
不審に思った私は彼が会計に行ってる間に、画面を下にして置かれてるスマホを裏返して確認した。ホームボタンを押すと、壁紙が現れた。赤ちゃんの写真だった。そして通知には「きいちゃん」という名前から「何時に帰るの?」というメッセージが来ていた。恋愛経験が乏しい私でも、こればかりは全てを悟った。

 

居酒屋を出たところで、彼は陳腐ちんぷ常套句じょうとうくを口にした。

「どっかでゆっくりしようよ」

私はその不実な男性に対して、くぎをさすように言う。

「すみません。妻子ある人とはちょっと……ごめんなさい」

相手はバレてしまったというように視線を迷わせながら、しどろもどろしだした。なんともわかりやすい反応だった。

「だ、大丈夫だよ、奥さんにはバレないように上手くやるから!」

「今日は楽しかったです。じゃあ……」

「奥さんがしてくれないから。僕、溜まってるんだ……お願い!」

爽やかな好青年は私に縋るように私の身体に触れてくる。清潔感溢れる印象だった彼のことが急に汚らしく感じた。私はその手を振り払って逃げるようにして帰った。

(初体験で不倫なんてハードボイルドすぎない!? 優しいと思ってたのに、なんて最低な人!)

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