こじらせ系女子

「決めた、決めたんだから!」

今の私にプライドなぞ無い。充血した眼で握りしめた札を睨むように見つめる。モラル、価値観、ポリシーを放棄した私はもうやけくそだった。

(男たちも行ってるんだから、私だって行くし。女だって遊ぶ生き物だからね!)

出会い系でも、ナンパ待ちでも、いくらでも処女卒業できる手段はあった。しかし、失敗してきた今、逃れない環境を作りたかった。

(風俗に行ってやる––––)

色々とリサーチした結果、ロストバージンには出張ホストを選んだ。会員登録後、せっかくの処女を捧げる相手だしということで、奮発してナンバーワンの人を指名した。日程と場所の調整をした結果、都内のシティホテルで待ち合わせすることになった。
当日。ホスト相手が来るまでの間、酒を浴びるほど飲んだ。酔っ払ってでもしないと出来ないと思ったから。

コンコン

ドアのノック音と同時に「守屋さん、着きましたのでドアを開けてください」という電話が来た。恐ろしいほど気持ちが冷めていた私は、なんの緊張もときめきもなく、普通にドアを開ける。
指名した通りのホストが立っていた。実物は宣材写真より悪くない、それどころか写真を上回るイケメンだった。普通なら当たりで喜ぶところなのだが、どうでもよかった。さっさと処女をドブにでも捨てて、一刻も早く友香のことを忘れたかった。

「やっば、俺。守屋さんに一目惚れしちゃったかも」

出会い早々、飛んでくるチャラい台詞を聞き流しながら、彼を部屋に入れる。

「はいはい、それ誰にも言ってるんでしょ」

「いや、今のは本音なんだけどなぁ~。こんな仕事してるから信用できないかも知んないけど」

好意的な態度を示してくる彼に対し、冷淡な態度を崩さないでいた私は「金ならあのテーブルの上に置いてあるから」と、ドライな返事をする。

「あっ、ありがとうございます! 後でいただきますね」

親しみやすい笑顔を向ける彼を横目に、私は勝手にソファに戻り、酌の続きをした。

「茜ちゃんって呼んでもいいかな?」

彼はニコニコしながら私の隣にそっと座って来た。
こんな最悪な態度を見せても嫌な顔を見せずに対応するなんて、流石ナンバーワンなだけあるな、と私はすっかり感心してしまった。

「どーぞ、ご勝手に」

「ねぇ、僕は茜ちゃんのこと、好きになっちゃったからね。これホント」

今日初めて会ったばかりだというのに、愛の言葉を軽々しく口にする彼が面白くて、小さく吹き出した。他の子はきっと、その甘い言葉でいともたやすく溺れるのだろう。

「茜ちゃん、飲み過ぎ~。なんか嫌なことでもあった? 僕でよければ聞くよ~」

酔いが回っていた私は気取ることなく、ありのままの自分をさらけ出した。どこか嘘で塗り固めた理想の自分像に限界を感じていたのかもしれない。

「あのね、聞いて。私、バージンなんだよ? 笑えるよね。こんな年にもなって。ほんと遅れてるっつうか、キモいって感じ?」

私は自嘲気味に告白する。自分が処女だということを、異性に打ち明けるのは初めてだった。どうせもう2度と会わない相手だ。言ったところで特に困るようなことはない。しかし、彼は笑うこともなく、穏やかに答えた。

「そうなんだ。茜ちゃん、すごく美人なのに。きっと周りの男性たちにとっては、高嶺すぎて勇気が出なかったんじゃないかな」

流石、ナンバーワンの人気を誇るだけあって女の扱いには長けている。私はこれまで頑なに隠し通してきた秘密を初めて打ち明けたことで、少し楽になれた気がした。同時にコンプレックスに執着してきた自分が馬鹿らしく思えてならなかった。しかし、それも今日でコンプレックスとはおさらばだ。
ボトルが切れたところで私は切り出す。

「さぁ、始めよっか」

「いいの? 僕は光栄こうえいだけど。初めての相手、僕でいいの?」

質問には答えずに、彼の唇を奪うようにキスした。

「ありがとう。じゃあ……一緒に良くなろう?」

彼は私の身体の至る所にキスを投げながら、優しく一枚一枚脱がしてきた。残るはパンツ一枚となった。酔っ払って思考が少し麻痺っているとはいえ、羞恥心しゅうちしんには勝てない。最後の一枚を脱がす手を制する。

「隠さないで見せて?」

優しくなだめてくれるも、私は羞恥のあまり、俯きながら横に振った。

「じゃあ、僕が先に脱ぐね」

彼は全裸になり、下半身は私を貫く準備が整っていた。
不慣れな私をゆっくりと寝かせ、愛撫を開始する。AVで見たような、いやらしい撫で方を見せるかと思いきや、優しく撫でるように触れてきた。私は肩の力を緩めて、彼に身を委ねることにした。

「僕の体も、触ってみて」

言われる通り、彼の身体に触れる。少々痩せ気味であれど、骨ばった肩。膨らみのない薄い胸板。不規則な生活の証に少し出ているお腹。そして、恐る恐る股間にぶら下がるそれに触れてみる。カチンコチンに硬くて、平熱より少しばかり熱くて、ドクンドクンと脈打っていた。
彼はコンドームを取り出して、さっきまで触れていた“それ”に装着し始める。

(ああ、処女じゃなくなるんだ。これでいいんだ––––)

私は目をぎゅっと閉じる。

 

友香––––

 

彼が私の頭を撫でてきた。いよいよ挿入––––と思ったら。私に挿入することなく、添い寝する形で横に転がった。状況が掴めない私に、彼は穏やかな顔で言った。

「茜ちゃん、もうやめようか」

意味がわからなかった。私は何かやらかしてしまったのか、と経験がない私は急に不安になる。

「言い忘れたけど、当店では本番禁止なんだよね」

なんて、今更すぎるルールを、彼はにっこり笑って言う。

「まぁ、本当はルール無視してまで抱くつもりだったけど。でも、好きな人の気持ちを無視してまで抱くような鬼じゃないよ」

「えっ」

「気付かなかった? ずっと好きな人の名前を呟いてたよ」

私は彼に愛撫をしてもらっている間も「友香、友香」と繰り返し呟いていたのだという。この際に及んでも、どうしても友香のことが頭から離れられない自分のことが心の底から嫌になる。自己嫌悪と抑えきれない感情が交錯こうさくして、自分でも訳が分からなくなってしまった私は、シーツに顔を埋めて感傷的に泣いた。
しばらく泣いて冷静さを取り戻したところで「女に恋してることがバレた」という、新たな不安がよぎった。

「違うの、これは––––」

「彼女さんに妬いちゃうなあ」

弁解しようとするも彼はあまり気にしてないようで、脱ぎだした服を身に着け始めている。

「あ、代金は要らないよ! 僕は君の彼氏失格だからね」

何も言い返せない私に彼は優しく微笑み、私の手の甲にキスした。

「僕の好きな茜ちゃんの恋が実ることを祈っております」

彼はそのまま、部屋を後にした。私は出て行く彼の背中に頭を下げた。どこかホッとしてる自分がいた。

私はこのままずっと、友香に縛られたまま生きていくの?
どうすればいいの。教えてよ、神様––––。

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