酔いの中で、ぼんやりとした浮遊感に身を任せて、うたた寝を始めた。目を閉じても友香の顔が浮かんでくる。私は処女卒業の決意とともに、胸の奥にしまい込んだ心のアルバムを開いた。
「ほら、茜ちゃん挨拶して」
「こんにちは。茜です、5ちゃいです」
父親が仕事を通してできた親友を紹介するとか言って、家族ぐるみでの紹介となった。
着物を纏っていた私とは対照的に、父の親友の娘はどこかの国のお姫様のような可愛らしいドレスを身につけていた。私が挨拶しても、向こうは一向に挨拶する気配もなく、おばさんの後ろに隠れてもじもじするばかり。
「ちょっと、挨拶しないの!? あたし、したんだからして!」
「こ、こら! 茜! ごめんなさいね、この子なんか気が強くて……誰に似たんでしょうかね」
母は「おほほ」と、顔を引きつらせながら笑って誤魔化した。
「いえいえ……ほら、友香。挨拶しなさい」
「友香……5歳です」
私は仙台にあるお屋敷に住んでいて、地元でもちょっとした金持ちで有名だったが、彼女は東京住まいで都心に立派な家を構えていた。さらに、軽井沢にも別荘があるという、筋金入りのセレブだった。お互い、何度も遊びに行ったり来たりする関係が続くうちに、次第と打ち解けて行った。
私はよく友香を泣かせていた。殴ったり、いじめたりしたわけではない。はっきりと言うだけで、友香はよく泣いていた。それぐらいでなんで泣くの、と思っていたが、それでも私にひっついてきた。
「金魚のフンみたいね!」と言っても友香は泣きながら「そばにいたらだめなの?」と抱きしめてきた(この後、親に厳しく怒られたが)。
友香は控えめな性格で、よく近所の男子からいじめられていた。いわゆる“好きな子をいじめたくなっちゃう”、少年特有の心理というやつである。私はその度に友香の元に駆けては、当時習っていた柔道で男子たちを投げ飛ばした。
勉強の方も意外と出来なかったので、私が教えた。おつかいの行き方も分からなかったので、それも私が教えた。トイレも一人で行けなかったので、付き添いで行ってあげた。おばさんは私たちによく「茜の方がお姉さんみたいね」と、微笑ましく見守っていた。
友香は私がそばにいないと駄目な子だった。
二人で行きつけの公園でブランコに揺れていた時のことだった。
「立ちながら漕ぐこともできないの? 遅れてるー」
私は立ったまま思い切り漕いで、ギィギィと鎖の音を鳴らしながら、高さがピークに達したところでジャンプするという技を見せつけた。友香は目を大きく開いて小さな悲鳴をあげた。
「きゃっ! 危ないよ、怪我しちゃう……!」
「怖がってたらなんもできないよ、友香みたいにね!」
「ううう、いつかはできるもん」
「言い訳してるんだー、ママに言っちゃお」
「やめてぇ、なんでそんないじわるするの……」
友香はしくしくと泣きはじめた。私は友香の泣いてる顔がとても好きで、友香をいじめていた男子と同じようなことをしていた。今思えば、この時点で私はとっくに友香に恋したんだろうな、と思う。それから友香は一生懸命にブランコで立ち漕ぎの練習をしていた。
「暗くなっちゃうから帰ろー」
「やだ、できるまで帰らないもん」
友香が私の言うことに反発したのは初めてのことだった。子供特有の支配欲が傷付けられた気がしてムッとした。
「あたしの言うこと聞けないの? 生意気!」
「だって、強くなりたいもん」
「なれないよ! だって、いつも泣いてるからなれな……」
「強くなって、茜と結婚するんだもん!」
私は「なれない」を連呼するのを止めた。恥ずかしくなったのは覚えている。
「……じゃあ、頑張ってよ!」
「うん!」
これが私と友香との出会いだった。