(はぁ~、経験豊富な女性を演じるのは大分慣れて来たけど。やっぱりしんどい……)
軽くため息を吐きつつも笑顔を崩さずに、揺れるワインを凝視する。さっきから視線を感じる。見なくても分かっていた。志田がニヤニヤしながら、わざと眉を上げたりして私を見つめていることに。ワイングラスを口に運びつつ、キッと志田の方を睨みつける。
私は今、母校、坂道女学園欅組の同窓会に参加している。なんと21人のうち20人も参加したのだ。クラスでもリーダー格だった私は義務同然だったので参加した。断じて、ある人と会いたかったからとかではない。
「残念ながら時間が来てしまいました~」
進行役の斎藤が腕時計を指差しながら会計を催促する。
「今日はありがと! 家でベイビー達が待ってるからお先に失礼するわ!」
「おー、ダニー! また会おうよー!」
「おう! またね!」
クラスで唯一のママになった織田は慌ただしく退室した。同窓会は御開きとなり、欅組は一旦、解散することになった。ぞろぞろと帰ったり、仲の良いグループで固まったり色んな動きを見せる中で、志田がこちらに歩んできたかと思うと肩を組んで来た。彼女はなにか企んでるような顔を見せて、私に耳打ちした。
「二次会やるよな、もちろん」
彼女の後ろから鈴本と渡辺が私たちの元に駆け寄って微笑んできている。
「っぷは~! おかわり!」
「向こうでは上品にワインを嗜んでたくせに、随分とオヤジくせえな」
「うっさい!」
ものすごい勢いでジョッキを空ける私。志田はいつもの小馬鹿にしたような口調で話しかけてきた。
「ね? 経験豊富さん?」
「うるさい……」
「で、卒業できましたか?」
視線を下に向ける。私は答えなかった。
「なんで、私だけが……未経験なのよ! こんなはずじゃなかった!」
酒が回っているせいか、テンションが上がった私は勢いよく机を叩いた。私の拳の近くにあった食器やコップがわずかに浮く。
「近寄り難いんじゃない?」
鈴本は慰みのつもりか、人なつっこい笑顔で私の肩にぽんと手を置いてきた。
「どういう意味!?」
図星を突かれた私は噛みつくように聞くと、彼女は「ご、ごめん……」と小さい声で謝り、さっと私から離れた。
「そーゆーところじゃね?」
志田が私を指差して指摘する。彼女はそのまま続けた。
「みーちゃん見てみ。メチャ美人ってわけじゃないのに、男切れないじゃん?」
「そうだよ……隙がなさすぎて近寄り難いかも」
鈴本が志田に同調するように付け加えると、渡辺が首を傾げながら「完璧すぎると近寄り難いって奴ー?」と能天気に言った。
またこのパターンだ。うんざりする。こういう場面では下手から出さぜるを得ないのが、コンプレックスを刺激するようで嫌になる。
(私だって、好きで処女やってるわけじゃないんだよ!)
「私のことなんかより、皆はどうなの?」
二次会開幕早々、駄目出しの嵐で酒が不味く感じてしまった私は、話を逸らすように別の話題を振った。すると、渡辺が思い出したように「あっ」と声を上げた。
「聞いて! 昨日、合コンで良い感じになった人がいて。一緒に抜け出したんだけど、生理来てたから精液がいちごオレみたいになってた~、んふふっ」
「えええ~⁉︎」
鈴本は目を大きく開いて驚いた。さすがのリアクションはまだ健在のようだ。
「気をつけろよー」
志田はやれやれというように苦笑いしながら、注意する。
「ピルしてるから大丈夫!」
「いや、ビョーキとかだよ」
自信満々に謎のファイティンポーズを取る渡辺に対し、志田は冷静に突っ込む。もはや見慣れた光景だった。この渡辺って子はかなり美人なのに色々緩くて、色んな男と体を重ねている。
そこで渡辺のスマホがピロロンと鳴ったので覗いて確認すると、通知には「アオオ」からのLINEが来ていることを知らせていた。
「アオオって、誰?」
「あぁ、サーフィンの彼氏!」
「へぇ、珍しいあだ名だね」
渡辺の彼氏かぁ、どんな人だろうと想像してると、耳を疑うようなことが渡辺の口から聞いた。
「あと、キイオの彼氏もね~」
「キイオ? ああ、お花屋さんの彼氏ね」
志田は何事もなく冷静に返すと、渡辺は「そうそう!」と拍手しながら答えた。私は思わず「ちょっと待って」と突っ込んだが無視され、一同はそのまま続けた。
「それと、クロオの彼氏が~」
「ん? クロオ? 誰それ」
志田は「初耳なんだけど」とばかりに首を傾げると、鈴本が身を乗り出して説明しだした。
「最近ね、ベンツを持ってる彼氏が出来たんだって」
「へぇ」
恋愛経験ゼロの私は完全に蚊帳の外だった。疎外感に耐えきれず、会話中に割り込んで質問する。
「ちょ、ちょっと! ぺー、何人と付き合ってるの…?」
「ん? ん~」
至ってシンプルであろう質問に彼女はふらふらと視線を泳がせて、Wi-Fiを探すような、電波系素振りを見せ始めた。
「他に、シロオと~アカオと~……」
(登場彼氏全員もれなく色付き!)
「そんなに居てて、バレたとき大変じゃない? 下手したら殺されるでしょ」
「ううん、皆知ってるから~」
「えっ……」
「皆、言うの。『彼氏何人いても、ペーなら許せるよ! 僕ら仲良くしてるから!』って~」
私は思わず絶句した。返す言葉が見つからなかった。渡辺は一般人離れしたルックスで、欅女学園のお姫様だった。街中でも評判の美人だったが故なのか、彼女の周りには常にイエスマンしかいなかった。何もできなくても愛される彼女の才能に腹立てながらも、どこか羨ましく感じたのも事実だった。
(リアル一妻多夫とか初めて見たわ。うらや……いやいやとんでもない! なんて女なの!)
「もん太は丸くなったよね、色んな意味で」
志田はそう言うと、鈴本のほっぺを引っ張ったりして遊んでいる。
「えへへ~」
「イケメン彼氏に捨てられた時はすっげー泣いてたのに」
「いやぁ、今はパティシエの彼氏に胃袋掴まれちゃって。こんなに太っちゃった」
鈴本はもともと学生の頃からふくよかな体質であったが、パティシエの彼氏を捕まえてからは一層丸みを帯びたように見える。彼女は照れながら自虐的に、自分のでっぷりとした腹を掴んでみせた。
「愛佳はどうなの?」
渡辺が質問する。そういえば。志田も渡邊と並んで欅女学園の王子様的な存在で、クールビューティーなルックスもあって、渡辺に負けるとも劣らぬ評判の美人だった。当然モテるはずなのだが、男の噂はほとんど聞いたことがなかった。世界中を旅するカメラマンになったのだから噂が入ってこない、というのが正解なのかもしれない。
「旅のときに、いい雰囲気の人がいたら、まぁ」
「愛佳らしいな~」
志田も普通の女の子だ、ロマンチックな恋愛もするんだなと妙な安心感を覚えた私は質問した。
「なんかロマンチック。で、その彼氏とは……」
「ん? 彼氏とか何年もいないや」
抱いた安心感はすぐして崩れた。
「えっ?」
「もう二度と会わない方がなんか、気が楽じゃないっすか?」
私は再び絶句した。
(こんな平気でワンナイトラブ出来るもんなの……?)
なんてふしだらなの、と思ったけど、多少羨ましく感じる自分がいた。今日同窓会に参加した他の20名もなかなか充実した生活を送っているらしかった。