永い夜が明けた。お互い生まれたままの私たちは抱きしめ合うようにして眠っていた。
「ねえ、あの場所にいかない?」
眠りから覚めた私に、友香が微笑んで言った。
連れてかれた場所は、私たちが小さい頃、よく遊んでいたブランコがある公園だった。少し寂れているものの、しっかりと鎖に繋がっていた。
友香が年甲斐もなく、はしゃぎながらブランコに座って漕ぎ出したので、私も続いて隣のブランコに腰掛ける。
「そっか、茜強がってたんだ」
「なによそれ。馬鹿にしてるんでしょ」
「茜らしいなあって」
隣のブランコの揺れが大人しくなる。友香はブランコを漕ぐのをやめた。
「私だって、初めての時は茜のことがチラついてたんだよ?」
「でも、しちゃったんでしょ。他の人と」
「うん。私も、忘れたかった。でも、やっぱりたまに茜がチラついちゃう」
前にある砂場から私の方へ、視線を移してきた。
「茜が色んな男と付き合ってるって噂聞いた時は、変に凹んだりしたし」
言葉にしなくても、私たちは相思相愛のはずだ。それを胸に秘めたまま諦めるとか、自分の辞書にはなかった。未だに心の奥で渦巻いているモヤモヤを払拭できなかった私は、禁句とも思えることを勇気出して尋ねた。
「好きでもない人と結婚するの……?」
友香は困ったような笑みを浮かべた。
「ん~、今の彼のことは好きだよ」
友香は後ろめたそうに目をそらして続けた。
「茜のことはやっぱり好き。でも好きな人もできた、かな……」
時間って酷だ、と思った。私たちは“大人”になったんだなあ、と痛感するからだ。
「茜もひどいよ。結婚目前に私の前に現れるんだもん」
「友香もひどいと思いますけどー? 婚約者の身でありながら私を抱くなんて! そんな人じゃないと思ったのに。あー幻滅だなー」
「ははは、返す言葉もない」
友香はいつか見た、懐かしい乙女の顔をのぞかせていた。
「でもね、茜だからだよ。他の人だったらいかなかった」
上目遣いで、太ももを撫でてきた。その瞳には春情を煽るものを感じる。
「ねぇ、茜。私やっぱり好きかも。燃えちゃったというか……、結婚しても茜とまた昨日みたいに会いたい。ずるいかな?」
顔を上げると、暖かい風がひゅうと吹いた。冬が終わる。
(これでいいんだ)
友香は結婚して幸せになる。よし、私も強くならなきゃ。なにしてるの、私は白黒つけないと気が済まない人間でしょ。もう自分の選択に後悔するのはお終い。
友香の手を叩いた。
「私は飢えた人妻の相手するほど暇じゃなくなる予定ですから。あんたが惚れた女を、あんま舐めないでくれる!?」
「あははっ、また振られちゃった! さすが茜は強いなぁ」
私は久しぶりに友香の子供のような、大きな笑い声を聴いた。
「友香、あんたって振られたとか言えるのね。恥ずかしいとかないわけ?」
「振られ慣れてますから」
友香は立ち漕ぎしはじめた。ギィギィと鎖が軋む音がする。
「茜は私にとって大事な人だよ。これはずっと変わらない。だから––––」
勢いよく漕いで「ほっ!」と、言うと大きくジャンプした。
私より小さかったくせに、いつの間にか追い越されて。いつも私にひっついていたくせに、いつの間にか置いてかれて。私も、彼女を見送る時がきた。
私は友香の次に続く言葉を遮った。
「友香! 卒業までお互い避けてたじゃん? 言い忘れたことあるんだけど」
友香の姿がぐにゃりと歪んだ。
「卒業おめでとう」
友香も、私も––––。
涙が溢れた。これは日差しが眩しいせいだ、というのは嘘で。やはり長い恋が終わるかと思うと、得体の知れない淋しさが胸に迫った。
不思議なことが起こった。私は失恋したのに、苦しいと辛いの感情の後に、爽やかさを感じた。
今は淋しい思い出が、いつか美しい思い出に昇華されることを信じて。
「ありがとう。茜も……」
友香は白い歯を見せて笑った。陽射しを受けた初恋の人の笑顔は眩しかった。
「幸せになって」
私たちは最後のキスをした。
私と友香の思い出が新たに刻まれた。