私から初めて誘った。
「お祝いがしたいので、赤坂ホテルでディナーを食べましょ?」
「久しぶり! 私も茜と話したいことがたくさんある!」
浮き立っていた私は待ち合わせより1時間も早く着いてしまった。初めての彼氏が出来た少女のようにうきうきしている、私の頭の中は完全に乙女モードだった。そんな自分の姿を、綺麗に磨かれたガラスが映している。少し片腹痛くなるが、悪い気はしなかった。自分で可愛いとすら思っているのだから。
「茜! おまたせ!」
愛おしい声に、私は胸が甘くしびれた。声がした方を振り向くとそこには、更に綺麗になっていて、品格もあり、成熟した大人の女性になっていた友香がいた。驚いた私は友香の頭から足先まで凝視する。そして「何人に抱かれたんだろうか」と、不埒な事を思い浮かべてしまった。切ない気持ちが広がるのを振り払い、笑顔で迎える。
「久しぶり! 綺麗になっちゃって!」
「茜の方こそ! すごくモテるって噂聞いたよ~」
(ああ、そうだった。私、経験豊富な女って設定だったっけ)
虚しい気持ちが広がり、思わずため息をつきたくなった。しかし、今夜は私が友香をエスコートする役だ。とびっきりの笑顔を見せる。
夜景が望むレストランに移動して、私たちは久しぶりの再会にワインで乾杯した。
「茜から連絡くれるの初めてじゃない?」
「そう?」
「そうだよー、いつも私からで……。寂しかったんだからほんと! でも、嬉しいな……」
その頰が妙に赤いのはテーブルに灯っているロウソクのせいなのか。私の心臓は蘇ったように鼓動しはじめる。
会わなかった期間を埋めるように語り合った。婚約者や結婚の話が出た時は、ぐっと堪えて聞いた。
あっという間に時間は過ぎ、移動する頃合いとなった。
「ねぇ……もっと話したいと思わない?」
「話したい!」
友香は笑顔で即答した。
「実は、ここのホテルのルームキー。取ってあるんだ」
友香は突然、ワイングラスにぶつけてこぼした。「あっ」「ごめんなさい」を多用しながら、おぼつかない動作で、拭いている。
「そうなんだぁ……」
さっきから繰り返し耳に髪を掛けている。耳は赤かった。私の中の劣情に火がついた。その火は押さえつけられないくらい、火の海と化していた。
エレベーターに乗ってドアが閉まろうと動いた途端、なにもかもが爆発した私は友香を壁に押し付けて、唇を奪った。
「んんっ!」
エレベーターはガラス張りで全てが筒抜けだった。隣で並列したエレベーターに乗っている人がこちらを見てギョッと驚いていた。友香の目線は隣のエレベーターに注がれており、羞恥のあまり目を細めた。
(馬鹿。それ、興奮するから)
「なに見てるの、よそ見してないで私を見て」
友香の耳を舌でなぞりながら囁くと、彼女の口から悩ましい声が漏れた。その反応を婚約者にも見せてるんだろうと思うと、私の中の劣情を激しく刺激した。
焦れったく感じるエレベーターは、やっと乗降し始めた。すると、友香の方から私の首に腕を回して来たのだ。私の燃える情火の火の粉を浴びて、引火したかのように。私の股間が熱くなるのを覚えた。
私たちはガラスの向こうで煌めく美しい夜景に目もくれず、ひたすら唇を奪い合う。エレベーターの乗降が大人しくなった頃に、友香は私を押し離した。
「なに? 帰ってもいいんだよ?」
信じられないくらい、私は強気だった。もう後悔はしたくなかった。
友香は俯き出して、私のドレスの端を掴んだ。耳は爆ぜそうなくらいに赤い。
「ずるいよ……」
「それで?」
「帰りたく、ない」
「おいで」
友香の手を取り、メイク・ラブの場所へと誘う––––。
私たちは手を繋ぎながら部屋に入った。私がとった部屋はホテルの特別なスイートルームだった。窓からは東京の夜景が一望できる。しばらく夜景を眺めていると、窓ガラスに映る私の後ろから友香が抱きしめてきた。
「先にシャワーを浴び……」
友香にシャワーを催促しようとしたのを、後ろからキスして遮ってきた。
「んぅ……」
今までの数少ないキスの記憶が一気に霞むくらい、友香のキスで私の身体中の力が抜けていく。初めてキスした時の拙さは無く、啄んだり噛んだりと、ツボを心得ているようなキスを受けて、少しだけ複雑な気持ちになる。
友香に強引に引っ張られ、そのままベッドに押し倒された私にキスの雨を降らせる。
「私、シャワー……」
「会う前に入ったよね? いい石鹸の香りがするよ。それにもう……」
友香は先に続く言葉を噤んで、私の唇にキスした。友香の舌が唇を割って、差し込んできた。ディープキスの経験が無い私は、舌の侵入に思わず噛みそうになってしまう。
「今夜は寝かせないからね」
私のドレスを剥ぎ取るように脱がされ、上半身が裸になる。お嬢様育ちがそんなはしたないことをするなんて、友香の初めて見る色情的な顔に私の劣情は昂ぶるばかり。
友香は恍惚とした表情を浮かべて「ずっと、こういう妄想してた」なんて、私の乳嘴を摘みながら言う。
「固くなっちゃって。ほぐしてあげる」
指から舌、舌だけの愛撫からおしゃぶりに切り替え、むしゃぶりつくように吸い付きだした。
「んぅっ、ああん、友香……ッ! 激しい、よ。優しくして……」
私の言葉に反するように、そのまま脇腹をなぞり、性感帯を刺激してきて私は無意識に腰をくねらせてしまう。
「茜って、色んな方とお付き合いしてきたんでしょ?」
私は友香の質問に答えられなかった。
「今日、茜を見た時、なんて考えたと思う?」
私の太ももに舌を這わせながら訊いてきた。
「何人に抱かれたのかなーって考えちゃった」
切なげに笑いを浮かべながら、太ももにキスを投げる。友香も私と同じように考えていたんだと思うと、嬉しくて私の股間がキュンとなった。
「……私の目の前でキスした愛佳にすごく嫉妬したし、茜を抱いて来た男たちにも嫉妬した!」
これまでに我慢してきたのであろう感情をぶつけるように、勢いよく私のパンツを脱がしてきた。そして、両脚を大胆に広げた。幼馴染で、風呂も一緒に入っている関係とはいえ、性器まで見せ合うことは無かった。ホストの彼の時とは比べ物にならない、強い羞恥を覚えずにはいられなかった。
「茜、びしょびしょ。私でも濡れてくれるの、嬉しいな」
なんの躊躇もなく、私の花芯に舌を這わせてきた。これまでは自分で寂しい身体を慰めることはあったが、手の感覚しか知らなかった。アソコを舌で愛撫される初めての感覚に、私は思わず両脚で友香の顔を挟む。念入に花芯を舌撫してくれる友香の想いと、舌に嬲られる快感に、身も心も蕩けていく。
「友香ぁ……うう、だめぇ……」
友香は唾液と愛液に塗れた唇を拭いながら身体を起こし、手を私の股間に持っていった。細長い指が私の大事な部分にあてがわれる。
「ちょっ、待って……!」
どうしても好きな人には伝えたいことがある。
「誘ったの茜でしょ。やめないよ……」
友香は完全に理性が麻痺している状態だった。
「もう……隠すのはできない! 友香!」
友香の名前を強めに呼んだ。彼女は驚いたようにビクッと顔をあげた。
「私も初恋が貴女で……それからずっと友香のことが好き!」
ブランコで立ち漕ぎの練習の時に言ってくれた言葉を受けてから、私の友香への想いは未だに色褪せていない。
「今となってはあの体育館の倉庫のこと、後悔してる!」
自分の青さ故に逃げてしまった過ちを認める。
「友香が頭にちらつくから、さっさと他の男作って忘れようとしたけどできなかった……!」
自分の惨めな部分も隠さずに曝け出す。友香なら私の全てを受け止めてくれるはず。
「けど、もういい。いい! 私のバージン、あげる!」
私の最初も最後も、貴女に捧げる。もう強がらない、プライドなんて要らない。
だから、他の男のとこなんていかないで。
「えっ。バージ……!」
「責任とってよ……!」
「茜。私は……茜のことが好きだよ」
切なげな瞳の奥にどこか、決心が見えた。私の耳元で囁く。
「でも、私たちの初恋は、綺麗な思い出で終わりにしたい」
友香は指を奥まで進めて、私を貫いた。
強くなって、茜と結婚するんだもん!––––
「あぁっ! 友香……っ!」
今でも明瞭に思い出せる、小さい頃の甘酸っぱい記憶。
私がずっと一緒じゃだめ?––––
「友香……私がずっと一緒じゃ駄目なの……ッ?」
私だけが友香を守れると思った。そんな青臭いロマンチズムを私は信じて生きてきた。
茜、もう気付いてると思うけど––––
「友香の気持ちにはずっと気付いてた……、ううん、気付かないフリしてた!」
いつからか気付いた君の恋する表情。それはきっと、ずっと私にしか見せないものなのだと、私は驕っていた。
私、茜のことが凄く好きなの––––
「私だって、友香のことが誰よりも好き!」
いつだって友香は私に想いをぶつけてきた。「同性」に恋する自分を認めたくないがために、必要とされている幸福なことから目を背けていた。なんて浅はかで下らないプライドなんだろうか。
初めて会った時から、初恋が茜なの––––
後悔した。私が振ったあの日の時点で、友香の初恋は終わっていたのだ。なにもかも、遅すぎたんだ。
友香は言葉通り、強くなっていた。私のことが必要ないくらいに––––。
私の初体験は、初めてなのに好きな人の前で痴態を晒し、あげくは昇天までした。今まで我慢してた分、貪るように、時としては慈しむように、求めあった。
私は24歳で初めての失恋を体験した。