Branch<中>

 私が住む仕合町しあわせまちの七不思議のひとつでもある「Branch」という店は、御伽噺おとぎばなしに出てきそうな外観で常に『closed』の札をぶら下げているのだ。なんて奇妙な店だろうか。

 7月27日00時00分。25歳の誕生日を迎えた私。人生絶賛迷子中。絶賛現実逃避中。そんな惨めな私の前に突如として現われた白猫は、奇妙な店へといざなってくれた。そこには暖かい明かりがともっていて、いつもの『closed』の札が無かった。

 ドアの向こうは、外観と違わぬファンタジーな内装で怪しげなオッサン2人が私を迎えて、どういうわけかSFじみた与太話に付き合わされてしまうのであった。丸坊主のオッサンはこう言う。

ここで提供するのはひとつだけ

“自分との出会い”です––––。

 夢なのか、それとも……?
 ともかく私は本当に、SFな出来事を体験するのであった。この日は一生忘れそうにもない誕生日となった。
 そして、私以外のもう一人の客が訪れた。

 ドアの方を振り返った私は、しばらく硬直した。
 服装や雰囲気は違えど、そこにいる女性はまぎれもなく瓜二つの私だった。雷に打たれたような衝撃を受ける。もう一人の私も同じだったらしく、そいつは玄関で立ち尽くしている。
 私(おそらく向こうも)の頭の中が、真っ白になっていく中、「たまげたなぁ」なんて絶対思っていない土田の声がした。

「えっ」

 もう一人の私が口を覆いながら、悲鳴に近い驚愕の声を発した。

「あっ」

 私もつられて声をだした。次の瞬間。

「あーっ!」

 お互い目を見開き、喉ちんこの見せ合いとばかりに大きく口を開けて、瓜二つの顔を指差し合った。昭和漫画のようなオーバーリアクションを取らずにはいられまい。
 もう一人の私に出会うと死ぬとかどうとか聞いたことがあるが、全くそんなことはなかった。

「なんか……雰囲気が違う」

 もう一人の私は顎に手をあてながら、観察するようにまじまじと私の顔を見つめて言った。同じ顔をした自分に見つめられても戸惑うしかない。こんなにどきりともしない上目遣いは初めてだ。むしろ不気味さえ覚える。

“別の選択をした自分”と会わせるのが目的なんですね、ここは––––

言ったじゃないですか! “自分との出会いの場”だって!––––

 ごくっ。思わず咽喉を鳴らした。同じ私が同じ空間にいる。そんなバカな。非現実的な、あまりに非現実的な……。
 頭の中で一気に噴出してきた無数のビックリマークとハテナマークが脳の容量を逼迫ひっぱくさせ、今にもショートしそうだった。
 半信半疑の思いはとうに消えていた。人間業とは思えない。たまらず、二人の方を確認する。この人たちは神なのか? もしくは、悪魔なのかもしれない––––。
 真夏なのに底冷えを感じて、思わず肌が粟立った。……状況を把握するという意味でも、落ち着きを取り戻すという意味でも。

「ちょっと……自己紹介しま、せん、か?」

 お互い、自己紹介することにした。まずは、もう一人の私の方からとなった。物凄く、変な感じだ。

「仕事は、事務職で。つまんない仕事ですけど。そちらは?」

 もう一人の私の仕事は「別の選択」をしていた。モデル卒業後はデザイナーではなく、事務職に就いたということだろうか。私の番になった。

「モデルを卒業したあとは––––」

「モデル!? 嘘っ、なれるん?」

 モデルというワードが珍しかったらしく、自己紹介の途中で遮られてしまった。どうやらもう一人の私は、モデルにならない人生を歩んでいるらしい。
 なるほど。確かに言われてみれば、もう一人の私のルックスは、チープそうな黒縁のメガネに、地味な色調でパッとしない服装で揃えている。まるで、健康に良さそうなお弁当のおかず配分のようだ。きんぴらごぼう、がんも、つみれ、ちくわ……。言葉を選ばずに評価すると、ハッキリいって芋、だ。モデル時代にお世話になったファッション界隈のお偉いさんに見せたらざんざん酷評されるに違いない。

 女子トークらしく内容は恋愛話に移り「彼氏いるの?」と訊かれて、一瞬躊躇する。不思議に思ったらしいもう一人の私は、首を傾げて私を見つめた。こんなにどきりともしない首傾げは初めてだ。
 しかし、話す相手は自分だ。どうということはない。歯切れ悪く「長濱ねるという子と付き合っている」と答えると、またもや驚かれた。

「あんなアイドルと付き合えるなんて! 凄いやん!」

 なんと、奇遇なことにもう一人の私も同性と付き合ってるらしく、安心そして共感できた。しかし。

「米谷奈々未と付き合ってるんやけど、私」

 馴染みのない人の名前に面食らう。
 米谷奈々未……?
 クラスメイトの顔を懸命に思い出す。あまり話したことがなかったが、理系で頭のいい大学に行ったというだけの情報を引っ張り出す。全く接点のない人と付き合うなんて。

「なんでまた!?」

 失礼かと思ったが、訊かずにはいられない。
 道理で、ところどころ関西弁が出てくるのは、大阪出身の米谷と付き合ってるからなわけだ。納得したくもないが。

「なんでって聞かれても困るんよなぁ……私もそんな友達おらんかったし、地味同士でくっつけるべくしてくっついた感じ?」

 芋っぽい外見にそぐわぬ、スクールカースト下位らしい地味な学生生活を送っていたらしかった。

「私のことよりも。そちらはねると付き合ってんねんやろ? 幸せそう」

「そうでもないかな」

 渋い顔で即答。いつもなら、笑顔で仕事も恋も上手くいってる幸せな女性を演じていたのだが、もう一人の自分だからなのか。嘘をつく必要もないように感じた。

「浮気してるっぽいし。ねる」

「そ、そっか」

 沈黙。気まずい空気が流れたので、慌てて言葉を繋ぐ。

「あっでも、米谷さん。いいんじゃない? 浮気とかしなさそうだし」

「よくないよ。だって、潔癖症が過ぎるんよね、奈々未」

「ああ、そう言えばそうだった気がする」

 本当のところは全く知らなかった情報だが、適当に相槌あいづちを打つ。

「私、一回浮気してしもたことがあって……」

「おい」

 思わず漫才師よろしく、もう一人の自分の肩にツッコミの手を入れてしまった。視界の端で仰々しく驚く澤部の姿を認めた。

「駄目じゃん!」

 先ほどの気まずいような反応はやましいことがあったからなのか、と悲しいながらも合点がいった。まさか浮気する不誠実な自分がいるなんて。にわかに信じ難い。
 彼女はでもだって、と必死に弁明しようと威勢良く喋り出した。息継ぎなしで。

「ディープキスしてくれないし、セックスの時は指サックを強要されるわで、ク×ニもしてくれないわで」

 ド直球な下ネタワードに思わず瞬きしたが、相手が瓜二つの私だからか、鏡に喋りかけている感覚でオープンな話しもできるからかもしれないと思い、あえて突っ込まないことにした。

「浮気した私も悪いんやけど、セックス無しはもちろん、通った後を消毒されたり、極端に避けられてるんよね」

「別れればいいのでは」

 素朴な疑問をぶつける。ねるならまだしも、あの米谷だ。失礼なのは承知の上だが、執着する理由が私には見当たらない。

「奈々未、研究やってて。給料まあまあ凄いのね。やから、別れられないっていうか……」

 金か。ふむ、なんとシンプルな理由だ。
 別世界の私も彼女と上手くいっていないらしかった。乾杯したいくらい、妙な親近感を覚えた。

「あ〜ほんと、ヤケ酒したい」

「ヤケ酒はやめたほうがいいよ。かえって、嫌な記憶を鮮明に残すんやって。奈々未が言ってた」

 そう言うと、得意そうに眼鏡を押し上げた。理系めいた回答に、なんだかんだ米谷の彼女だな、と腑に落ちる。

チリン

「いらっしゃいませぇー!」

「いらっしゃい」

 またもや来客の音と、土田と澤邊のあべこべな挨拶を聞いた。

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