Branch<中>

「ウェイヨー!」

 挨拶だけでもう私たちは新たな私の恋人が誰なのか、瞬時に分かってしまった。
 ピアスをじゃらじゃらいわせているメンヘラじみた耳。脱色のしすぎでキューティクルが死滅しているといわんばかりの見事な痛み具合に、プリン状態の赤茶色のセミボブ。金色の梵字がプリントされている黒ジャージに、 薄汚れたピンク色のクロックスはお約束のセット。ぶら下げているのはドン・キホーテのレジ袋。極め付きは、袖をまくっている腕からは施術途中の和彫りがこんにちはしていた。
 実にわかりやすいDQNのお見本である。志田理佐はいるだろうとは予想していたが、予想通りの面だったもんで笑うしかない。

「おわぁっ! は? ななななんで私が……え? まじ意味わかんないんだけど!?」

 ヤンキーな私は、恋人に負けるとも劣らぬオーバーリアクションで狼狽しだした。

「へ? ヘイコーセカイ? なんか間抜けすぎてウケんだけど」

「あ? パラレルワールド? 必殺技みてえで超かっけえなオイ」

「なに? バタフライ? 蝶々は掘ってねえよ」

 会話が噛み合わない。米谷理佐が辛抱強く何回も噛み砕いた懸命な説明のお陰で、ようやく理解してくれたようだ。

「なんつーの、自分の婚活みたいな? 世にも奇妙な物語みたいな?」

 タバコをくわえて100均ライターで火をつけると、これまで全く干渉してこなかった澤部が慌ただしそうに口を挟んだ。

「ちょ、ちょっと! お客さま困りますよ、ここは禁煙なんですよ」

「早くタバコ消して、副流煙がくるじゃない!」

 意識高い系の彼女に影響されているのだろう、守屋理佐はカシミア製のハンカチで鼻を覆いながら苛立った口調でさとした。

「チッ、ヤニぐらいでうぜぇな。はいはい、さーせんしたー!」

 吐き出した煙を守屋理佐の顔面にダイレクトに浴びせた。あからさまに喧嘩を売っている志田理佐の態度に私たちの顔が引き攣る。
 せている守屋理佐をかばうように、菅井理佐が前に出た。

「どういう育ちしてきたのよ、本当に白百合学園中学校を出たの? 品性の欠片もなさすぎて呆れるわね」

「あ? なに? 白雪? そんなアホみたいな名前ちゃうし。フツーの、ほらあれ、公立行ったよ。バイク通学マジ超サイコーだったわ。しょっちゅう授業バックれたし、先公チョロすぎ。んで?」

 上流家庭の私と、底辺の私との会話の格差に呆然とする私たち。
 志田理佐は悪事自慢で強者ポジションを確立した気になっているのか、横柄な態度で黄色いレジ袋からストロングゼロを取り出しては「つか、喉乾いたんだけど飲んでいい?」と返答を待たずに蓋を開けてグイッと飲み出した。もう誰も注意しなくなった。

「これ、いつまで続くんだろ? 明日の朝早いのに……」

「ね。ここ時計ないみたいだけど」

 志田理佐の登場で入れ替わるのは絶望的だと感じたらしい婚活コンビが、時間を気にし出した。今回の婚活パーティは外れだった、とでも言いたげに。それに志田理佐は勘付く気配もなく「何時なん?」と呑気に尋ねた。二人はビクッと震わせながらも。

「7時」

 と、答えた。流石、保母さんの朝は早い。

「待って待って、7時? 早すぎ。私の朝、8時なんだけど?」

 守屋理佐は「ほぅ」と、感心したような表情を浮かべている。菅井理佐も嬉しそうに「そうなんだ」と間を継ぐ。
 素行には問題があるものの不器用ながら仕事を真面目に頑張っている不良を見守る教師のような、そんな温かい眼差しだ。

「だってさー、いい台確保すンためには朝早く並ばなきゃいけねーのよ。マジだるすぎ」

 セレブコンビの喜ばしそうな顔が一気に曇った。やっぱりこいつダメだ、そんな突き放すような冷たい眼差しだ。

「……仕事は何をしているの?」

 守屋理佐が、眉間に深い皺を寄せて尋ねる。そこにあるのは経営者の顔だった。値踏みするような厳しい視線を不良に注ぐ。しかし、不良は頓着する様子もなく悪気のない態度で話す。

「あーウチは相方が汗水流して働いてくれるんで。なんで、ウチは転売とかでちまちま稼いでる感じー」

 相方がプレゼントしてくれたんすよ、とジャージのポッケからルイヴィトンの長財布を取り出して惚気だした。一方、セレブコンビは「レプリカよね」「どう見てもね」と、コソコソと陰口を展開していた。

「でも、ほら、夜とかすごそうだし」

 またもや米谷理佐が夜事情をそれとなく探りを入れる。DQNイコール猿みたいにヤる、というのも偏見とは思うが正直、あの志田となら毎日ヤりまくってそうな気がした。しかし、その予想を裏切る答えが返って来た。

「ぶっちゃけ、レスってやつ? つか、相方鬼下手くそすぎて無理。かといって私が男役やるのもめんどいべ? だから、マグロってる」

 DQNの夜事情を話し終えたところで、ストロングゼロを飲み干したようだ。セレブコンビが苦虫を噛み潰したような顔で志田理佐を見ている。

チリン

 気まずい流れを断ち切るように、ドアのベルが鳴った。正直、助かった。他の私たちも、特にセレブコンビは嬉しそうに次の来客を待った。

「いらっしゃいませー!」

「いらっしゃい」

「しゃっせー!」

 土田と澤部の挨拶に便乗して志田理佐が声を張り上げると、「うるさい!」と守屋理佐の怒号が飛んだ。なんだかんだ悪くないかもしれない。

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