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 ドアから入ってきたのは、全身真っ黒に日焼けた褐色肌の私だった。水分不足らしく傷んだ頭にはグラサンを乗っけており、色んなペールトーンカラーのスプラッシュを浴びたようなTシャツに、アイスブルー色の短パン。その派手なナリはまさしく、太陽が似合う南国娘だった。

 明るくて良い子そうだな、と私たちはどことなく肩を落とした。期待はずれだ、と。しかし、それはすぐに杞憂だとわかった。
 複数の私が出迎えたというのに、歴代の私たちと違って驚く様子がないからだ。それどころか、目を輝かせて無邪気に訊いてきたのだ。笑顔が眩しい。

「ねね、なんの集まり?」

 にかっと白い歯を見せて笑いながら、私たちの顔を順番に見る。驚きや恐怖といった人間らしい感情が欠乏しているらしいこの人物に、ただならぬものを察知した私たちは身構える。

「あははっ、私が丸ぅい!」

 はしゃぎながら無遠慮に長沢理佐のお腹をポコポコと軽くパンチを繰り出した。ふとココナッツの香りが漂った。
 良くいえば、純情。悪くいえば、精神年齢がやや幼く見える。そんな印象を受けた。

「あのさ、ここなんか飯なーい? 腹減っちゃった」

 ポケットから、くしゃくしゃのカラフルな紙を何枚かを取り出しては「えーと、ここに1600ペソあんだけど無理だよね?」と、おじさん二人に向かってひらつかせた。どこぞの国の紙幣らしかった。

「フィリピンから来たんですね」

 クイズ大会ばりに即答した米谷理佐のキメた! と言いたげな顔はいきなり志田に退けられた。

「イカしてんな、手のタトゥー!」

 空気読まないことで定評のある志田理佐が、遠慮なく彼女の手を手に取って眺めるように見て言った。
 25歳児のこいつを止めに入った原田理佐が「あっ」と小さく悲鳴をあげて口を覆った。
 彼女の手の甲にあるタトゥー、羊のイラストと英文字Hと組み合わせたロゴ––––はて、どこかで見たような。

「そ、それは……なんかの落書きかな?」

 守屋理佐が顔を引き攣らせながら手の甲の方を指差して尋ねると、彼女は自慢するように手の甲を私たちに向けて得意げに言った。

「平手さんへの愛の証ということで彫ったの!」

 懐かしい名前を聞いた。
 平手友梨奈。
 彼女といえば、元は演劇部で熱演ぶりとカリスマ性は次第に多くの人を魅了していき、やがて有名な監督の目に留まり、女優へとなった。躍進っぷりは凄まじく、我が校ではアイドルのねると並んで有名人だった。
 しかし。いきなり電撃引退して姿をくらまして以来、彼女の消息はクラスメイトの我々でも掴めていない。ねると私とはまた違った意味で、伝説扱いされている。
 そんな平手と付き合っている私がいるなんて。そして、手の甲のタトゥーが意味していることは––––。

「職業っていうか、革命活動みたいなのやってます!」

 予想の斜め上を行く職業告白に、私たちの表情が一斉に凍る。

「革命活動って……?」

 長沢理佐が垂れてくる汗をしきりにタオルで拭いながら、当惑した面持ちで尋ねた。

「反政府活動かな。知らないかなー『黒い羊』って団体!」

 私たちは腫れ物に触れるように、平手理佐から離れた。
 ニュースで世間を騒がせている社会運動団体「黒い羊」のリーダーが平手友梨奈だったなんて。しかも、リーダーと付き合っている私が今、目の前にいるなんて。
 黒い羊のリーダーの正体と平手友梨奈の行方が、図らずも私との出会いによって判明したのだ。本当、人生って何があるかわかったもんじゃない。

「政府に抗議デモを行ったらさ、警察沙汰になっちゃって。捕まる前にずらかったわけ!」

 ますます後ずさる私たちに、ずいずいと歩み寄る平手理佐。笑顔が眩しい。怖い。

「だから、フィリピンで逃走生活中!」

 なるほど、だからか。合点がいった。
 犯罪者が目の前にいる。彼女が腕を伸ばしただけでビクつき後ずさる私たち。だが、当の犯罪者は「ジョリピーが恋しいよぉ」とボヤいた後に大きな欠伸をひとつするだけだった。

「てことは、貴女は平手と付き合ってるのね」

 私は話題を変えるべく、平手理佐にそう言った。
 高校時代、入り込む隙がないほど平手と親しかったねるの姿を見てやきもちを焼いていた青い自分を思い出した。懐かしくて思わず笑みがこぼれた。

「んー彼女なのかなぁ。違うかも」

 んっ? どういうこと?
 これまでの流れからして、高校時代のクラスメイトのどなたかと付き合っている私、という法則から逸れることなんてあるのか。
 私たちの頭上にハテナマークが浮かぶ。

「いや、私は第一夫人で、第二と第三もいるんだけど」

 ごく当たり前のように言う。第一ってなに。夫人ってなに。

「夫人以外にも、ピーナ何人か囲ってるんよね」

 私たちは顔を見合わせる。
 今度こそガチのやばい私よ。
 お互いがアイコンタクトでそう言っていた。いや、同じ私だからこそ、そう思っているに違いなかった。

「平手ちゃんね、今度、テロ活動するって言ってた。だから私も頑張って彼女のことを支えなきゃ」

 やっぱり、後ずさる私たち。
 とんでもないことを言い始めた平手理佐の瞳には、正義そして使命という炎を揺らしていた。恋人というより、信者であった。

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