Branch<中>

 今度の私は、これまでの私たちとは一味違った出で立ちだった。
 群青ぐんじょう色の高級感溢れるジャケットとスーツズボン姿に、虹調のカラフルなストライプ柄のシャツ。外国人のようなエッジの効いた太いアイラインに、スモーキーアイメイク。エレガントにまとめられた髪の毛。垂れたウェーブの長い前髪が知性的に映える。磨き上げられたメンズライクな革靴。街中で歩いていたら誰もが振り返るであろう、宝塚のような目を引くルックスであった。
 デキる女感満載の格好良い私に、喜びの悲鳴をあげてファンばりに群がる私たち。

「ええやん!」

「マジいけてんじゃん!」

「ねぇ待って無理」

「かっこよすぎなんだけど」

 イケメンな私は、複数の私が寄ってたかるホラーな光景に尻込みしつつ「はぁ」と気が抜けた返事をした。定番の、現状説明と自己紹介。もう面倒なので、自己紹介は色々と省略して仕事と彼女の紹介だけとなった。
 イケメンな私は、いぶかしげな目で周りを観察しながら「妙な夢ね」と、そう思い込むことにしたのか、すっかり落ち着きを取り戻している。流石、イケメンな私。

 姿勢を正して背広の内ポケットから、ストライプデザインのケースに入った名刺を取り出して、私たちに差し出した。長濱理佐の私が受け取ると、他の私たちがぐいぐい、と名刺を覗き込んだ。
 名刺には見慣れたフルネームの上に「代表取締役」の文字があった。

「社長!?」

「すごいやん!」

「やべぇ!」

「やるじゃん、私!」

 渡辺理佐と原田理佐の保母コンビが「やばくない? 彼女」「いいよね、入れ替わるしかないっしょ?」と、イケメン高収入を狙う婚活女子みたいに作戦をひそひそ話し合っている。ぎらついた目は獲物を狙うかのようだ。

 興奮冷めやらぬ私たちは勢いのままお楽しみの彼女の存在を尋ねると、イケメンの私は斜めに視線を落として顔を曇らせた。嘘のように静かになる私たち。しばらく口をつぐんでいたイケメンな私は、ゆっくりと彼女の名前を挙げた。

「守屋茜」

 名前を聞いて一同の「あー……」という声が漏れてしまった。守屋茜といえば、生徒会副会長でテニス部の鬼軍曹と恐れられていた意識高い系の人だ。悪い人じゃないけれど、一緒にいると疲れる。そんな印象を持つ人だった。
 米谷理佐が慌ててフォローする。

「あ、でも、ええやん! 茜さ、むっちゃ美人やし……」

「全然! 茜、すっごいワガママなの!」

 クールな外見にそぐわぬ声調で突然わめきはじめた。

「会話のキャッチボールもさ、茜からはいつも豪球! 私が強めに言うとヒス起こすし!」

 社長とは、よほど日頃の鬱憤うっぷんが溜まっている生き物らしい。皆が同情するように相槌を打つ中で、保母コンビが「まあ、あの茜だし」「想像できるよね」なんて呑気に話している。

「夜の方も豪球な感じなん?」

 欲求不満な米谷理佐が毎度のごとく、夜事情を尋ねた。

「それがさ聞いてよ。信じられる? あいつ、私にはク×ニさせるくせに自分は優雅にネイルしやがった! 舐めやがって!」

 すごい剣幕で「ク×ニ」と言われて本来なら笑いそうになるところだが、そうさせない凄みがあった。「アソコを舐めてるのにね」と要らんボケをかます誰かの私を肘で小突く。

「虚栄心半端ないし、見栄っ張りやばいし。彼女に応えるために、命削って社長になったのにさぁ」

 イケメン社長の私はポロポロと乙女のように、しおらしく泣き出した。

「浪費癖が酷いの……」

 そう言うと、わなわなと震える手で頭を抱えだした。青くなる顔に、見てるこちらも心配になる。

「資金が底を尽きちゃって。多額の負債を抱えちゃってんのよぉ! お先真っ暗だよぉぉ!」

 凛々しい女社長が一転、そこにいるのは惨めな女だった。皆して同情しながら慰める。
 渡辺理佐が「あ、このスーツ、ポールスミスだぁ」と、元モデルのさがか職業病でそう呟いたら「ポールスミスって何?」と、米谷理佐が間抜けそうに尋ねた。そんな米谷理佐の服のタグをこっそり確認したら案の定「ユニクロ」だった。

チリン

「いらっしゃいませぇー!」

「いらっしゃい」

 悲惨な現状をいくら嘆いても、御構い無しにベルは鳴る。時間は待ってくれないのだ。
 のべつまくなしに鳴るドアベルと、二人の挨拶と、来客。ドアが開かれた。「お邪魔します」と上品な声と共に。

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