平手side
私は今、ちん子ちゃんの部屋にいる。永い快感からゆっくりと覚めると、美しい顔が私の顔を覗き込むように見ていた。
「ごめんなさい。ちょっとやりすぎちゃった」
「いえ……」
まだ体が言うことを聞かなく、ぐったりとちん子ちゃんにもたれかかっていた。
「その服、欅女学園の陸上部のジャージだよね?」
私の肩をトントンと叩いて言った。
「はい……えっ? なんで知ってるんですか?」
「そこに幼じみがいるの。菜々香ちゃん、よく遊びに来てくれるの」
「そうなんだ……」
(長沢か、あの子の部屋が大人のオモチャだらけだったのはこういうことだったのか。合点がいく)
ちん子ちゃんは私の髪に手をかけると、ゴムを外してきた。ふわっと広がる私の髪の毛を撫でながら、優しい笑みを浮かべて言った。
「友梨奈ちゃんの頭って……おちんちんみたい」
「––––ッ!? まさかっそんな……持病がッ!! あ……私から離れろッ!!」
ちんこ「ようこそ闇の世界へ」
ちんこの邪悪な嗤い声がこだまする
闇に束縛される私はまさにマリオネット
禁じられた詞が
深淵の闇へと私を誘う
私は人見知りが激しく、学校では暗い子だった。部活をやっていたこともあり、動きやすいように髪の毛はボブにしていた。しかし、この時イジメの標的だった私は常に髪の毛について言われていた。
「やーい、やーい、友梨奈の頭チンコー」
顎が金玉の男子に揶揄され。
「ねえ、そこ尿道ってやつ?」
つむじをぐりぐりされ、腹を壊し。
「きゃあっ! 私に触れた……? いやああ妊娠しちゃううう!」
あだ名が「性病のデパート」のくせに泣き叫ぶビッチ。
私はこの頭が大嫌いだった。以来、髪を結び、割と好きだったボブを封印した。
「友梨奈ちゃん……?」
「頭……」
「え?」
沈鬱な表情を浮かべつつ、自身の髪を手ぐしでとかしながら言う。
「私の頭、やっぱり変ですよね……」
「ううん、大好き!」
「えっ?」
ちん子ちゃんは私の髪を撫でながら優しく言ってくれた。
「初めて見たときからずっと好き」
モナリザとは比べ物にならないくらい絵になる微笑は、私の凝固した過去をバターのようにゆっくりと溶かして行った。
「友梨奈ちゃんって、早いよね」
「ごめんなさい……私、初めてだったから。すぐイっちゃいま」
「走るの早いよね」
(あっ、そっち……)
「いや、それほどでもないんじゃないですかね」
(これも長沢から聞いたのかな?)
「なにかの大会でも賞をもらって……」
「あっ、それ今年の!」
「真っ直ぐに前を見つめて、駆ける姿は本当にかっこよかったな……」
「待って」
さっきから妙に引っかかるものを感じていた。なぜか私の頭に夏の光景がよぎる。
「さっきから思ったけど、もしかして大会見にきてくれたの?」
すると、ちん子ちゃんは急に顔を赤くして、そばに置いてあった麦わら帽子で顔を隠した。
「えっ」
夏の記憶がフラッシュバックする。今度は闇ではない、光のような優しい過去が私を包んだ。
いつも大会に見にきてくれる女性がいた。白いワンピースに麦わら帽子と、欅女学園の制服にその出で立ちは目を引くものがあった。私はいつもその女性に目を奪われていた。しかし、彼女の方を見ると決まって麦わら帽子で顔を隠した––––
「ち、ちん子ちゃ……!」
「ちん子さ~ん! 次の仕事に向かいましょう! どこにいるんですか~?」
不意に例の蝶ネクタイさんの声がした。こちらに向かってきているようだった。ちん子ちゃんに思いっきり手を引っ張られた次の瞬間、彼女の体温が感じ取れるぐらい密着していた。美しい顔が間近にある。ようやく私の脳が、ちん子ちゃんと同じベッドの中にいることを理解した。
(これは……)
ちん子ちゃんは弧を描いて笑みを浮かべる唇に人差し指を当てた。彼女のつぶらな瞳の中に映る自分の顔が大きくなっていく。気付くと私はちん子ちゃんに唇を重ねていた。
「ちん子さん、どこ行ったんだろう……」
蝶ネクタイは独り言をつぶやいたまま、部屋を出て行った。
「あー」
ちん子ちゃんは眉をひそめて、困ったような表情を浮かべている。
「キスしちゃった……」
「ご、ごめんなさい」
この時、私は涙目になっていたと思う。キスしてしまった後悔というよりは、あまりの気持ちの良さに目を滲ませているのであった。
「ううん、こっちがごめんなさいだよ」
「えっ、なんで」
「だって」
美しい天使は小悪魔めいた笑みを浮かべた。
「私の唇は呪われてるんだよ。
キスしたら一生、私しか愛せなくなるの」
私は思わず即答した。
「過去より、ちん子ちゃんに支配されたい」
ちん子ちゃんは目を丸くしたと思うと、くすくす笑いだした。
「おかしな子」
「ちん子ちゃ……」
「梨加って呼んで」
「り、梨加……?」
「私の本名だから。これ、誰にも言ったことないから……秘密だよ?」
私は頷いて、罪作りな唇に永遠の愛を誓うように、そっと重ねた。
女神に匹敵するその唇にkissを。
過去に囚われた
自分の亡霊に
別れを告げる。
「さよなら、過去の自分(The end)」
「新しい自分、こんにちは(––––Restart)」
永き悪夢から目覚め、
過去に終焉が訪れる音を聴いた––––
「蝶ネクタイさん、ちん子ちゃんを探してたけど……大丈夫?」
「蝶ネクタイ? ふふふっ」
クスクスと笑い出している。
「あの人は澤部さんっていうんだよ。小さい頃からのお手伝いさん」