♂第一話♀

平手side


 受付に向かうと奇怪な建物にそぐわぬ、穏やかそうなおじいちゃんが出迎えてくれた。入場料を支払って、チケットとパンフレットを受け取る。チケットとパンフレットともに、やたらハートマークが散らばっているピンク調のデザインだった。「秘宝館☆華夜姫けやきという名前が中央に並べてある。

「順路を追って進んでくださいね」

「はーい」

 受付のおじいちゃんに軽く会釈をして順路通りに進んでみると、江戸時代のようなタッチで情事が生々しく描かれている絵がずらっと並んでいた。

「きもい! ちんこそんなでかいわけないじゃん!」

 理佐はしかめた顔を春画に向けている。よく見ると、男性器が非現実的な大きさで筆タッチの割には妙にリアルに描かれていた。

「秘宝館って秘密の宝物を集めた店だと思ってた……」

「茜とか恋人の菅井を連れてキャーキャー言ってそう。つか早く帰ろ、ほんと気持ち悪い」

 学生の目には慣れない会場を見回しながら進めると、人だかりができているのが目に入った。むさ苦しそうな男性客たちは興奮しているようで奇声を上げている。カップルも何組かいてて、私たちのような女ペアは珍しかったらしく、好奇の的だった。

「押すなって!」

「早く! 早く、看板娘に合わせてくれ!」

 どうやら、秘宝館の看板娘が人気らしい。

(もしかして、タクシー運転手が言ってた“あの二人”のことかな)

「どいて! どいて!」

 坊主頭の男性が客を制しながら現れた。男性の隣には看板娘と思わしき女性がいるらしかったが、湧いた客たちのせいで全貌は見えなかった。

「見て、あの坊主。蝶ネクタイしてる。あだ名は蝶ネクタイだね」

 理佐が顎で坊主の方を指し、ドライな口調で話す。はは、と愛想笑いしているうちに看板娘が台に上がり、私たちに姿を見せた。彼女を見た瞬間、時間が止まった。

美しい––––

 ふんわりと軽く巻かれた茶髪のロングヘアーをなびかせつつ、大きくて丸い瞳をぱちくりいわせている。滑らかな白肌。血色のいい、ほどよく豊かな唇。人魚姫の役が似合いそうな、美しい女性だった。

 恋なんて幻想だと思っていた。これまでに彼女ほどの美しい人に会ったことがない私は0.1秒で恋した。

(あれは後光……?)

 今にも羽根が舞い降りそうな、天使のような完璧な美しさに私は見惚れるばかり。背伸びして見ると、ブラウスにスカートと女性らしい身なりだった。その上に黒いエプロンを身につけており、ツクシのようなシンボルマークが乗ってて、下に名前があるらしかった。しかし、前の男性の頭が邪魔して名前は見えなかったが、ちらりと「子」の文字は見えた。

(なんとか子っていうのかな)

「私、ここの長女で……秘宝館の一時期、館長を任されています」

 ふわふわとした小さい声で話し出す。もじもじしつつ視線を泳がせながら、唇を噛んでいる。恥ずかしがり屋さんなのだろうか。そんな恥じらう様子も愛おしく映える。彼女は一拍の間を置いてから、噛んでいる唇を開いてゆっくりと話し始めた。

 

 

 

ちん子って言います。よろしく……」

 

 

 

……。

 

…………。

 

………………。

 

 

ちんこ?

 

「ぐっ!」

 

頭が軋む––––

過去のヴォイスが聴こえた気がした。

“ちんこ”

浄化カタルシスしきれぬ
忌まわしき過去が
フラッシュバックのように蘇る。

(クッ……頭が疼く……)

“ちんこ”

邪悪な声をかき消すように私は叫んだ。

 

 

「うわあああぁぁぁあっ!!」

「きゃーっ! えっなに? なに?」

「なんだ、こいつ危ねえ!」

「平手っ! 落ち着いて!」

 金切り声を上げてその場にうずくまると、理佐ちゃんが介抱に来た。意識が薄れてゆく中で美しい女性、ちん子ちゃんのエプロンのシンボルマークはツクシではなく、男性器だということを察する。ちん子ちゃんがひどく心配そうな表情で、客を掻き分けながら私の方へ向かってきているのが見えたのを最後に、意識を放した。

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