小説家からの贈りもの

「んっ……んん!」

ホテルの部屋で、ベッドの上でまぐわっている男と女。男の激しい律動に、苦痛の表情を浮かべながら受け止めている女は私だ。

「ううぅッ! 美愉……凄くいいっ!」

部屋には男と私と、そして、もう一人。ソファに腰掛けながら、真剣な眼差しで私たち二人のセックスを見つめている女性は織田だ。
組んだ足の太ももに本革製ノートを広げ、万年筆を片手に、私たちを注意深く観察している。時折、足首を回したりぶらぶらしつつも、私たちの情事から視線を逸らさない。オネェバーでいじられていたのが嘘のようだ。

そんな織田を切なげに見つめる私と対照的に、絶頂に昇りつめたい男は激しくベットを揺らす。
鋭く光る、その黒曜石こくようせきのように美しい瞳に、嫉妬の色は見えない。私たちの情事を本当に、真剣に観察しているだけなのだ。

恋人の浮気を公認している愛の形もあるとは聞いたことがある。しかし、恋人の前で堂々とセックスするのは、やはり異常だ。しかし、惚れた弱みで織田に協力している私も異常なのは間違いなかった。
元から奉仕体質の私は、相手の望むことにはできる限り叶えてあげたいと思う従順じゅうじゅんな生き物だった。
私は切なさが込み上げてくるのを感じながら、恋人の冷たい視線を興奮材料に、男性の限界が来るのを待つばかり。

「うぅっ!」

男がやっと力尽きた。織田は大きく息を吐くと、血眼ちまなこになってノートに筆を走らせ始めた。
私がいくら恋人以外の人に口淫していようが、突かれていようが、織田は嫉妬の感情を持たない。唯一の恋人らしい約束事といえば、避妊の強制だけだ。私は織田の仕事熱心な姿を見ながら、情交の汗を拭う。
サラサラという筆の走る音が止まると、ぱたんとノートを閉じた。いいネタが書けたのだろう、すっかり上機嫌だ。

 

 

男にお礼を言って帰らせてから、私に向かい合う。

「お疲れ! 今日もエロかったね!」

笑顔で一言だけ伝えると、かばんからノートパソコンを取り出し、一心不乱いっしんふらんに文字を打ち込む作業に入る。それが私たち織田鈴本カップルの日常であった。

未だに情事の匂いが残る部屋に、聞こえるのはパソコンのキーボードを叩く音だけ。一人ぼっちに等しい状態に私は心の底からため息をらしてバスルームへ向かった。
途中で立ち止まって振り返り、確認する。あまりにも真剣な表情で、ノートパソコンとにらめっこしているのを見て「一緒に風呂入ろう」と話し掛けるのははばかられた。実際に、今まで私の誘惑に乗ってきた試しはない。またため息を洩らして、バスルームに入った。

シャワーのコックをひねって、男の体液を洗い流す作業に入る。コンドームを着けているとはいえ、アソコは念入りに洗う。これは、恋人としてのマナー、と私なりの考えがあったからだ。
指を挿れて洗うと、織田の指が最後に通った日を思い出して胸が寂しさで締め付けられた。
女性のアソコは好きな人のサイズに合わせるというのは本当らしくて、私のは織田のサイズに合わせていた。それが結果として、間男をよろこばせている。なんたる皮肉な話。

ピンク色の浴槽へ足を入れ、肩まで沈めながら思いを巡らせはじめる––––。
織田とのめは、高校でクラスが一緒になったことがきっかけだった。織田が片想いしている人がいるにもかかわらず、私がしつこくラブコールを送った末に、妥協だきょうする形で付き合ってくれたのだ。

織田はきっと、私に対して一ミリたりも束縛はしない。独占欲もない。そして……あまり考えたくないけど、愛もないだろう。
もしかしたら、私に他の男性とセックスさせることで自分の浮気を正当化しようとずるい計算があるのではないか、とすら思えてくる。織田があんな冷たい表情をするということを知っているのは私だけだと思いたいが、本当に何を考えているのか全くわからない。一緒に暮らしてるのに遠い存在––––。
涙が溢れ出したので、湯に顔ごと沈めた。

 

 

風呂から上がった私は何を期待したのか、生まれたままの姿で織田の前に立ってみた。しかし。

「いい湯だった? さ、帰ろうか」

明らかにはぐらかされていて、女として終わっていると暗に言われている気がした。

「服着て。ほら」

私が風呂に入っている間、脱いだ服を丁寧にたたんでくれた織田の優しさが尚更辛くなる。

(好きじゃないのなら優しくしないで)

「うん、ありがと」

泣きすぎて枯れてしまったのか、涙は出てこなかった。

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4件のコメント

  1. いつも読ませていただいてます!
    寝る直前に読んで目が冴えました笑
    自分が見つけられてないだけかもしれませんけど、オダナナの裏って意外と(?)少ないのでめちゃ嬉しいです笑

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    1. >risco さん
      はじめまして!
      あらあら……寝不足にさせちゃってごめんなさい♡フヒヒ
      確かにオダナナの裏あまりないですよね!と自分も思ったので、今回書かせて頂きました!喜んで頂けたなら光栄です。
      引き続き、宜しくお願いします(^^)

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  2. いつも読ませていただいてます。
    『もう他の男性の躰では満足させないように、彼女を情慾を火だるまにする—-』この一文に痺れました!
    歪んだ深すぎる愛、良いですね。
    それもまたオダナナとスズもんらしいかなと。
    最高な作品をありがとうございます‼

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    1. >sysm さん
      いつもありがとうございます。

      あああ、それはですね。実は、作中ですずもんが音読している文は実在している官能小説から引用しているんですね。とはいえ、丸ごとは流石にマズイのでちょこちょこいじってはいますが。・・・ということで、いずれ自分も痺れるような文が書けるように精進します!

      歪んだ愛が好みでしょうか?実はそのネタも温めてあります!いつかは出しますので、その時はぜひ、悶えてくださいませ♪
      ありがとうございます、そう言っていただけるなんて光栄です!

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