記念すべき一日目の巻

 せわせわしく撮影が進み、本日2度目の着替えとなった。
 ドレスを脱いだ次は、タンクストップと短いスパッツと露出の高い服の上に、ワイシャツを重ね着する。白一色に統一された部屋着のようなスタイルだった。
 むき出しになった茜の筋肉のついた太ももに、私はふぅと思わず感銘のため息を漏らす。

 自身もスポーツをやっていたということもあり、筋肉美というものには理解がある私にとって、細身よりも筋肉質なスタイルにはうっとり見惚れてしまう。アイドルとしては美脚には程遠いかもしれないが、私からしたらとてつもない美脚だった。

 スポーツ万能を主張するかのような硬く厚みのある大腿四頭筋……是非とも私の顔を挟み願いたい。筋肉で盛り上がっている腓腹筋ひふくきん……もしも深夜に腓返こむらがえりを起こしたら優しく撫でてあげたい。嗚呼、いとあはれなり。そして、シャツ姿。これぞ、紳士のロマンではなかろうか。想像を掻き立てられずにはいられまい。

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 晴れて結婚後、平日の朝。スズメの鳴き声を聴いてゆっくりと目を覚ます。
 茜のいつも手入れの行き届いた自慢の髪の毛が、今はくしゃくしゃとクセ毛づいている。低血圧の彼女は手ぐしをしながら怠そうに起きた。いつも残業帰りの私を恋しく思ってか、彼女は私のシャツを身に着けていたのだ。
 そんないじらしい彼女に微笑みかけて、目覚めのキスを––––。

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

「友香。撮影だよ、ほら!」

 茜に肩を揺さぶられて、ハッとする。

「ははは、菅井さん。お疲れみたいだね~」

(そんな、むしろ今日は元気ハツラツで張り切っているのですが)

 よしっ、と自分の頰をピシャリと叩いて気合いを入れ直す私の傍らで、茜は淡々とした様子でモデルを務めていた。

「もっとくっついて~!」

 カメラマンの指示通り、茜のほっぺにくっつく。

どきゅぅ……ん––––。

 胸からじんわりと切なさが広がって思わず涙が溢れ出そうになった。バッチリアイメイクが崩れて黒い涙を流してしまっては、ホラーだ。涙を堪える。
 初めて頬っぺたを合わせたあの頃とは違って、今は恋人同士の私たち。状況がすっかり違っていることに、不思議なようで高まる嬉しさを抑えきれない。
 ぎゅーっと思いっきり抱きしめたい。思いっきり匂いを嗅ぎたい。柔らかいほっぺたを口に入れたい。そして、愛のビンタを受けるのも一興かもしれない。

 私はこんなに胸を高鳴らせているのに、茜はどぎまぎする様子はない。
 なんか悔しかったので、アドリブでほっぺにちゅっとキスを投げてみる。かなりの勇気を出した割には、茜の反応はニコニコしてるだけで面白いリアクションもない。

(あ、茜ちゃん。いくらなんでも冷静すぎるのでは……?)

 どう見ても、今日の茜はいつもと違う。私の胸がざわざわしだした。

 ラストは肩出しニット姿だ。シンプルなれど、少し変態的な性癖の持ち主の私には刺さる服装だった。若妻のような雰囲気を作り出しているのがまた、理性を乱されるようでたまらない。

 

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 休日。家でメガネをかけて優雅に読書を嗜んでいると、肩出しニット姿の茜がコーヒーを運んできた。補足として、お約束のブラ紐がチラリと覗かせているのだ。

「あなたの好きなコーヒーよ」

「ありがとう。茜」

 私の腕に絡ませては甘えるように、私の肩に頭を預けてくる。そんなビューティフォー・グッドスメル・エレクセント・マイワイフに、愛してるのキスを––––。

 ☆  ☆  ☆  ☆  ☆

 

 茜を見ていると、こちらの視線に気付いた彼女が「ん?」と反応した。

(あーもう、たまらなく好き!)

 たまらず茜に抱きついた。しかし、茜ははいはい、と私の腕を退かす。顔は笑っているが、目は笑っていない。

(やはり……冷たい)

 私は茜の顔を伺いながら、最後の撮影に臨んでいった。

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