記念すべき一日目の巻

 仕事場に着くと、撮影スタッフたちはとうに現場に着いて、準備をはじめていた。いつもながら、スタッフたちには感謝しかない。

「菅井さん、おはようございます。早いですね!」

 今日は「Flashスペシャル」の撮影日。なんと、茜と「ゆっかねん」ペアで二人だけのお仕事なのだ。付き合ってから初めて会う記念すべき1日目に、二人だけの仕事だなんて。運命めいたものを感じてしまう。

 メイク担当者に「うふふ、菅井さん、顔がにやけてる。なんかいいことあったの?」と訊かれて、慌てて私の顔を抑えながら「えー? あはは」とか笑って誤魔化す。
 嬉しくてしょうがないのを抑えきれない。

(こんなんで茜と会ったら私……)

 正気が保てるかどうか、わからなかった。
 鏡に映る私の瞳がキラキラと輝いている。LEDリングライトのお陰とは分かっていても、まるで別人のようで不覚にも自分のことを可愛い、と自画自賛してしまった。

(恋している私って、こんな顔なんだ––––)

 自分の顔に自信はあまり無い方だけど(特に芸能界に入ってからは顕著だ)、自分が少し好きになれそうな気がした。恋する女の子は綺麗になる、というのは嘘ではないかもしれない。

「皆さま、おはようございますッ!」

 丁寧かつ気合の入った体育会系らしい挨拶が後方より飛んできた。私の心が弾む。
 振り返ると、薄メイクのせいか本来のキリッとした眼がより強調され、茶髪を暗く染め直したストレートヘアの綺麗な女の子が、早々に私のハートを鷲掴みにした。茜の顔を見ただけで、もう胸が苦しくなってしまう。想像以上に私は重症みたい。

「友香、おはよう」

 茜は白い歯を見せて笑った。なんて、眩しい。周りに薔薇のような上品な花が咲き乱れているように見えたのは幻覚かしら。

「あ、茜もおはよう! その、なんか……すごく可愛いね!」

 もう付き合っているのだから、こっ恥ずかしい感想も臆せずに口に出せる。

「そう? ありがと。友香も可愛いよ」

 挨拶のように返した茜は私を通り過ぎて、荷物を置きにスタジオの奥へと消えて行った。

(あ、あれ?)

 いつもなら挨拶する度に、抱きついてきたのが今日は来ない。少し広げかけた両手を、所在なさげに組む。

(待ってたんだけどなぁ)

 今日は撮影の後にハロウィンライブのダンスレッスンが控えていたこともあって、早めに撮影がはじまった。
 メイクも終わり暇をもてあそんでいる私の横では、茜がメイクの施しを受けている。思わず視線を注ぎたくなるような色っぽい唇が、リップグロスによって艶やかに重ね塗られていく。
 もう少しで重なる筈だった唇––––茜が切なげに、ゆっくりと目を閉じて、唇を差し出した光景が蘇る。

(あぁ、もう。思い出すだけでドキドキがおさまらない! なんて苦しいの!)

 嵐山のデートのワンシーンを何度も繰り返し再生したら、顔を覆って悶えるあまり、いきなりデタラメなタップダンスを披露してしまった。ドレッサーの上にある化粧品が倒れて転がり落ちそうになったのを、慌てて止めて直す。

(きゃ~っ! もう、もうもうっ、幸せ!)

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