尺八の刑

 ライブ終了後、楽屋に戻っていつものように鞄を開いた時だった。

ない。私のスマホがない––––。

 いつもは定位置にしまってあるはずのスマホが無かったのだ。中身を何遍なんべんも探ってみても、物を全部取り出しても、結局見つからなかった。ある可能性が真っ先に浮かぶ。

(もしかして、盗難……?)

 今や生活の必需品であるスマホが無いとなると、すっかり落ち着きを失ってしまう。あのスマホは親がプレゼントしてくれたものだ。値段は知らせてくれなかったが、10万単位することぐらいは知ってる。失くしたら雷が落ちかねない。でも、それだけで済むならまだマシだ。
 欅坂46の情報流出に繋がる可能性もあって、それは信頼も地に落ちる最悪の事態だ。

(どうしよう……!)

 涙目になって頭を抱える私に、石森が菩薩ぼさつみたいな笑顔を向けながら抱きしめてきた。相変わらずの子供扱いにちょっと苛ついたところで。

「理佐が『301室に来て』だって」

 名前を聞くだけで私の脳内が従順にも『スマホ紛失事件』が一瞬どうでもよくなるのであった。
 こんな非常事態に、と思ったが女王様の命令に逆らう訳にもいかない。それに、部屋を指定しているということは、もしかして、もしかしたら。お仕置きかもしれない。
 私は無意識に両耳に髪の毛をかけて、それから、唇を舐めた。昂揚こうようを感じながら足早で向かう。

 厳しい芸能界に挫折感の連続で心を打ちひしがれた私の支えとなるひとつが、理佐との「秘密の遊び」であった。秘密の関係を結んで以来、悩みも苦しみも増えたが、それは嬉しい悲鳴でもあった。
 食欲、睡眠欲、性欲、性欲、性欲––––生のエネルギーがみなぎって、女としての自信がついていく。生き生きとしている私。アイデンティティを構築していく感じがたまらなかった。

 学校の友達からも「大人っぽくなってきたね」「最近なんか色っぽくなったね」と、言われることが増えた。
 芸能界に身を置いていることが一番の理由なのはもちろんだが、何よりも性の悦びを芽生えさせてくれる存在が大きいに違いなかった。
 エロワードを並べ立てて騒ぎたいだけの男子たち。彼氏のスペックや経験でマウントを取りたがる女子たち。退屈な空間、退屈な話、退屈な同学年の生徒たち。その中でも、私は……皆とは違う、特別なのだ。

 私はアイドルでありながら、同じアイドルメンバーでしかも、フタナリと奇異な性別と寵辱ちょうじょく的な性愛を育みつつ、普遍的な日常の一部として教室の机に座っている。不思議な優越感を覚えてたまらない。
 自分って守屋ちゃん以上にプライドが高い女の子かもしれない、とふと思うのであった。

 楽屋から随分と離れている301室に向かう。この階は誰も使用していないらしく、薄暗くて不気味な雰囲気が漂っていた。注意深く辺りを確認してからノックすると、理佐の「葵? 早く入って」と妙に苛立ったような声がした。不機嫌だ。私の胸はときめいた。

 ドアを開けると、夕焼けに染められている何もない部屋の中で、影が長く濃く無地の床の上に伸びていた。その影を辿っていくと、椅子に掛けてイヤホンをしながらスマホ画面を見つめている理佐がいた。絵になると思った、が。何かを観ているようだった。
 理佐が持っているスマホには見覚えがあった。

「あっ、私のスマホ! 探してたんだよ、返して!」

 私の脳内の片隅でくすぶっていた『スマホ紛失事件』が蘇り、流石に怒りたくなった私は犯人の元へ駆け寄ると、彼女はこれ見よがしにイヤフォンを外した。イヤホンのスピーカーから、女性の猫なで声が聴こえた。
 だるまさんがころんだのように、ピタリと私の足が理佐の数歩前で止まる。理佐がスマホの画面をこちらに向けながら、呆れたように言う。

「小学生のくせに、いやらしい動画見てるなんて」

 スマホ画面には、AV女優が頰をくぼませて間延びした顔をして、モザイクがかったおちんちんをしゃぶっている映像が流されていた。

「そんなの知らない……!」

 私の顔がみるみる赤くなる。「もっとマシな嘘つけよ~」と理佐はせせら笑うように言った。

「というか、履歴。男のをしゃぶってる動画ばっか。そんなに男としたいわけ?」

 どこか声に不機嫌さが帯びていた。どうして怒っているのかわからなかった。理佐はエッチな子が嫌いなのだろうか。それでも、私は正直に理由を打ち明けた。

「り、理佐を気持ちよくさせたかったから……勉強してたの。気持ち悪いよ、ね? ごめんなさい」

 理佐はきょとんとした。間を置いて「あっそ」と答えた。顔は赤い。こちらが有利かも、と思った。私は強気に出てみる。

「男って興奮すると、その、おっきくなるんでしょ?」

 理佐は一瞬、固まった反応を見せた。少し沈黙してから、そっけなく答える。

「それが?」

(今日は、子供扱いされない。やはり有利かも)

 好奇の眼差しを理佐の股間に向けながら訊いてみる。

「新幹線の時も、泊まった時も大きくしてたよね? あれって私に興奮してくれたってことだよね?」

 理佐は「さぁ」とぶっきらぼうに答えて立ち上がると、スマホをどんっと乱暴に押し付ける形で返した。いけぞんざいな調子に呆気にとられたまま受け取る私を無視してドアへと歩き出した。

(引かれた? それとも、怒らせた?)

 調子に乗り過ぎたかもしれない、と後悔した。せっかくのお仕置きを受けるチャンスを逃してしまったことに、ひどく凹む。

(やはり理佐はエッチな子は嫌いだったみたい。いや、性欲でいっぱいいっぱいなはしたない女なんて誰も好かないに決まってる……!)

 目が涙で滲んだ時だった。ガチャリという施錠音を聞いて、激しく昂揚するのを感じた。今回はどんな意地悪なことをされるのだろうか。エッチな期待を高めた私は息苦しさにかられた。
 理佐はテーブルに腰を浅く掛けて、言った。

「じゃあ、早くして」

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2件のコメント

  1. こんにちは
    最近こちらのサイトさまを見つけまして、一気読みしてしまいました。
    欅坂の百合が読みたいと思い探していたところ、運命の出会いを果たしました。

    自分でもあれなのですが、かなり歪んだ性癖と申しますか(笑)、どストライクです。

    これからの更新も楽しみにしております。

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    1. >うに 様

      はじめまして。
      「運命の出会い」だなんて光栄なお言葉、大変恐縮でございます。
      たくさんの歪んだ性癖の持ち主がお読みになってるようなので、
      こちらもどんどん性癖を刺激したく執筆してまいる所存です^^ 笑
      ありがとうございます!引き続きよろしくお願いいたします。

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