「こちらご覧ください! バコーン!」
澤部はそう言うと、リモコンを黒板に向けてスイッチを入れた。黒板がガコンッと音を立てたと思うと後ろに下がり、交代するように大型のディスプレイが現れた。クラシックな内装に、いきなり近未来な機械が現れて私の酔いが微かに醒めていった。
大型ディスプレイに「branch」とお店のロゴが流れた後(無駄に力を入れた演出だと思った)、ようやく映像が流れる。画面に現れたのは、ランドセルを左右に大きく揺らしている……小学生の私だった。
確か、その日は一限目にテストがあったにもかかわらず、寝坊してしまった私は本気のダッシュで学校に向かっている最中だ。
どうして、こんな映像があるのか。頭の中がパニックになってくる。ストーカーされてた可能性にゾッとする。
一般人や芸能人を騙してリアクションをモニタリングする某テレビ番組を思い出した。それなのでは?
いや、それはない。何故なら––––画面はずっと私の真横姿を映している。しかも、走っている私を真ん中に位置するよう固定しており、背景だけが過ぎる。ブレはない。見てて、ゲームの横スクロール方式が浮かんだ。
あまりに機械的で味気ないのが却って、不気味だ。CG疑惑も浮かんだ。そう思いたかった。
私の不安を他所に、映像は淡々と流れる。横断歩道をよぼよぼと歩いていくおばあさんが見えたところで、一度停止された。
シーンが二画面に割れた。
「上は、貴女がとった選択です」
上画面だけ動き始めた。私はおばあさんをそのまま通り過ぎ、学校へ向かう。しかし、画面は私ではなくおばあさんを追っている。つまり、おばあさんが主人公に切り替わったかのような構図だ。
おばあさんの向こうから、けたたましいエンジン音が急速に近づいてきたかと思うと、おばあさんが抱えていた荷物を、ひったくっていった。一瞬の出来事だった。おばあさんは必死に追いかけるも、耳障りなエンジン音は無情にも遠のいていく––––。
まさかの展開に胸糞が悪くなる。
「下が、“おばあちゃんを助ける”選択をした貴女です」
「え?」
下の画面が動き出した。さっきの映像と同じく、私はそのままおばあさんを通り過ぎた。と思ったら、10メートル先のところで立ち止まり、おばあさんの荷物を持って手伝っていた。バイクはひったくり犯になることなく、そのまま通り過ぎていった。
フェードアウトして、場面が変わり。校長室らしき場所に、校長先生とおばあさんと私の担任の先生と、私がいた。
実は、おばあさんは、校長先生の母だったというのだ。荷物の中には通帳と印鑑などの貴重品も入っていたらしく、命の恩人とばかりに感謝された。
私は学校にて表彰され、小学校のヒーローとして人気者になり、校長先生と家族ぐるみレベルで親密になり、そして、お嬢様学校である白百合学園中学校への推薦をしてくれた。
“おばあさんを無視した私”は、底辺の公立中学校へ進んだ。
「ねっ。些細なことでも“違う選択”をしただけで、こんなにも運命が変わっている。不思議なもんでしょ?」
土田が頰づきながら、微笑んだ。コワモテな人でも笑うんだなと思ったが、それどころじゃない。私は激しく混乱した。頭が真っ白になって、軽くパニックを起こしていた。
ブラジルの一匹の蝶々の羽ばたきはテキサスで竜巻を起こす––––
非現実的な与太話が、現実味を帯び出してきた。
錯綜する情報を攪拌して、ようやく口から出たのはファンタジーな話に肯定的な質問だった。
「別の選択をした私が––––存在している?」
「はい、そうですね。死んでいる理佐もいますし」
あっけらかんと答える土田。
「死んでいる!? どうして!」
「男性に性転換した理佐もいますしね」
「はあ? するわけないし!」
「しちゃってんだもん!」
土田がタブレットみたいなのを指差しながら即答で返した。納得のいかない私はタブレットを覗こうと身を乗り出したら「企業機密でーす」と遮られてしまった。
オナベな私だなんて、全く信じられないし想像もしたくない。私の眼から疑惑の色を読んだのか「安心してください、モテモテですよ。女の時よりもね」なんて要らないフォローをいただいた。
SFみたいな話に、珍奇な店に、摩訶不思議としかいえない縁––––。私の喉元まできている想い。どうせ夢ならば。
私は、一番知りたいことを訊いた。
「例えば。友達の話なんですけど」
子供じみた言い訳あるある、自分を“友達”に置き換えた質問用法。無意味だとは承知の上だ。
「ある人と付き合ったけど、本当はあの人と付き合えばよかったとかあるじゃないですか。その人とつき合ってる自分がいる、そんな可能性って……」
「ある」
土田と澤邊、二人して首を縦に振って断言した。
私は酔いが醒めつつあった。どうか夢ではありませんように、と願っている自分がいた。
土田が続ける。
「あのとき、ああすればよかった。こうすればよかった。そう思う人が多くて。というか、ほぼ人類全員そうだと思うんだけど。その––––」
ためるように一拍置いて。
「“別の選択をした自分”と会わせるのが目的なんですね、ここは」
「言ったじゃないですか! “自分との出会いの場”だって!」
澤邊さんがうざいくらいに、どや顔を浮かべて言った。興奮しているのか、鼻が膨らんでいる。
「招待するのは、近い世界での理佐だけです」
そして、と続けた。私はこくり、と神妙に頷く。
「その世界に住む自分と入れ替わることも可能です」
これはなんて、素敵な夢だろうか。
「おいで。シュレッ……シュレーティンガー!」
白猫の名前はシュレーティンガーらしい。なぜ、長い名前をつけたのか。しかも噛んでいるし。
玄関に佇んでいた猫がみゃあ、と返事すると、土田と澤邊と私を隔てるカウンターに軽々しく乗った。それと同時に––––。
チリンと、ドアベルが鳴った。
「いらっしゃいませぇー!」
「いらっしゃい」
私が来店した時と全く同じのテンションで、来客に挨拶した。私はドアの方を振り返った。
上・完