Branch<上>

自分との出会い––––。

 なんだか、怪しいセミナーだか宗教だかの香りがするではないか。もしや、常に「closed」状態だったのは来客を逃さないようにするための一策なのでは。
 次に起こる良からぬ展開を考えた結果、「逃げる」の一択しか出てこなかった。いつも以上に重ったるい腰を上げようとしたところで。

「並行世界を知っていますか?」

 色々と唐突すぎる質問だった。
 酔っ払いの頭がまともに動いているはずもなく、オウム返しで「並行世界?」と尋ね返してしまった。しまった、逃げ損なった、と返事して思った。

「パラレルワールドとも言うんですけどね、異次元の自分が存在している。そんな感じですね」

 どう見ても怪しいセミナーです、ありがとうございます。 言っていることは怪しさ満載なのに、嘘を微塵みじんとも感じさせない笑顔で言うから、うっかり信じてしまいそうなのが怖い。

「えっと、映画の話ですか?」

 とりあえず、話をつむぐ。本当は、面倒臭くて仕方ないのだが。

「ですよね、SFって思っちゃいますよね」

「ところが、フィクションじゃないもんね」

「ですね、存在するんですよね」

 まるで漫才コンビかのように話を展開する二人。
 ドラえもんみたいな話されても……小学生の時以来、読んでないし。なぜか、ねるの顔が過ぎった。似ているからだ、体格的に。そういえば、ねるは帰りを待っているはずだった。

 時計を探しに店内を見回してみると、ちょうどカウンターの近くにどっしりと構えている大きな時計……と思ったが違うようだった。黄金の羅針盤らしんばんであった。紛らわしい。羅針盤の針は壊れているのか、狂ったようにぐるぐるとめまぐるしく回転していた。
 まるで私の人生みたいね、と自嘲してみる。
 もういいや。私は帰ることを諦めた。

「量子力学とかは……分かります?」

 丸坊主は後ろにある黒板を指して言った。いきなり理系っぽい単語を言われて目が点になる。
 改めて黒板を凝視すると、学生時代に嫌というほど見せられた「π」や「sin」もあれば、見たことのないような記号もあった。
 Aになぜ温度の丸い記号がついているの。「Ω」?「∞」?
 私の脳みそがフリーズした。

「澤部さん、聞いてない聞いてない」

「じゃあ、超ひも理論は……」

「澤部さん、聞いてない聞いてない」

「ちょっと! 本名で呼ぶのやめてくださいよ、土田さん!」

 さっきから置いてけぼりで、二人の話の展開に追いつけない。やっぱり潰れないのが不思議だ、と二人の漫才を頰づいて聞きながら思う。
 どうやら、厳つい方は土田さんで、丸坊主の方は澤部さん、というらしい。

「ちょっと、壁見てくれると嬉しいんだけど。根っこの枝がめっちゃ数本あるでしょ? それで、分岐してるでしょ?」

 土田さんが指差した方向を見る。壁に這っている根っこがまるで基盤のコードのように、無数に広がっている。

「それと同じように、人生にも分岐があって。人生って選択の連続なわけでしょ?」

 なんか、いきなりクサいこと言いだしてんだけど……。

「それでね、違う選択をした自分が存在しているというわけ。違う世界に、なんだけどね」

 鼻で笑わずにはいられなかった。どうやら怪しいセミナーで間違いないらしかった。けれど、「違う世界に、違う自分がいる」というフレーズに私は引っかかったらしい。
 怪しい店に、怪しい二人に、怪しい理論に、付き合ってやることにした。

「じゃあ、バタフライ効果は知っているかな?」

 だから、理系っぽい単語出されても困るってんの。量子力学だの、超ひも理論だの、バタフライ効果だの……訳わかんないっての。そもそも文系だし、私。いや、勉強は総じてできないけど。

「ブラジルの一匹の蝶々の羽ばたきはテキサスで竜巻を起こすっていう理論なんだけど。小さな出来事が運命を変えていくのよ」

 いきなりとんでもないことを言いだしやがった。今の、聞いた? ブラジルの一匹の蝶々が竜巻を起こすって? そんなファンタジーな話、誰も信じるわけないんだけど。ファンタジーは店の見た目だけにしとけって。

「そんなことってあるの?」

 半ば、バカにしたような口調で返す。

「それがあるんだよね。ね、澤部さん」

「はい、あります。えー……って土田さん!」

 まーた始まった。私はいつまでこの茶番に付き合わなきゃいけないのだろうか。現実逃避したい私の夢だと思うことにした。

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