私は頭が真っ白になった。
とうとう入室してしまった––––。
今夜泊まる部屋はツインルームで、同室は隣にいる子、ねるだ。窓は外からの視線を遮断するようにカーテンがしっかりと閉められている。並んだツインベッドの向こうはクローゼットがある。
部屋の明かりは枕元の間接照明以外は全て消してあり、ほの暗い灯りがベッドを強調するように照らしているのが、ますます妖しい雰囲気を作り出している。
これは、私たちの部屋ではない。まるで、私たちの“巣”だ––––。
心臓が破裂しそうなほどに、激しく鼓動しはじめる。
(どうすれば、いいんだ……?)
ねるは私の手を引いて、ベッドまで導いた。呼吸することを忘れてしまうほどの緊張で、クラクラしながらもなんとか足を前へと運んで、後をついて行く。
ねるが先にベッドに腰を下ろした。軋んだ音すら、官能的に聴こえてしまう。私は変な気分を振り払うように、ねるの手から離れて、彼女と向かい合う形で片方のベッドに腰を下ろした。
隣に座るのは流石にやばい、と直感した。
(そもそも、ここに来ること自体が間違いなんだ!)
最初から分かっていたことを今更のように腹を立てて、悔やんだ。
(なんでついて行ったんだよ、バカ!)
この優柔不断が、と自分を責め立てるが、ついて行った動機はそれではないということに気付いていた。それでも、本当の動機に目を背けながら、言い訳がましく優柔不断な自分を責め続ける。
私がこうして苦悩に苛まれている間も、ねるはまるで他人事のように、じっと見つめてくる。甘く蕩かしてくるような誘惑の眼差しに吸い込まれそうになり、私は悩ましく溜息を洩らしつつも目を逸らした。それでも、ねるが私を見つめているのを感じる。
目を合わせることすらやばい、と直感した。
他愛ないおしゃべりすらなく、ただ無言の攻防戦が続く。
(なんなんだ、これ……)
こういう緊迫した場面で、人間はなぜ、余計なことをしてしまうのだろうか。怒られている最中に決して笑ってはいけないと自分にプレッシャーをかけたら笑ってしまいそうになるように。
もしも、隣に座ったら––––その後の展開を空想したら、ふいにズボンの中の男根が熱くなりはじめた。
(う……!)
盛り上がった股間を、さりげなく手で覆い隠す。私は俯いたまま、顔を上げない。
目を合わせたら喰われる、と直感した。
視界の端で、ねるが腰を上げたのが見えた。ぴくっ、と私は肩を震わせた。わかりやすい反応をしてしまう自分の単純さに嘆きたくなる。
(平手、いいか。目を合わせるんじゃないぞ––––)
ゆっくりと顔を近付けている気配がした。咄嗟に顔を背けると、頰に熱い唇が触れた。そこで、私はねるの顔を確認した。驚いた。
仄かなオレンジ色の光が、素朴なれど端正な顔立ちに浮かぶ、切なくてたまらなそうな表情を照らしだしていた。あまりにも儚げで、急に胸を締め付けられるような息苦しさを覚えた。
半開きの口からは熱い吐息を止め留めなく洩らし、頰を婀娜っぽく火照らせ、潤んでるようにも見える瞳の奥では情欲の火花を散らせている。
清楚の仮面の下は、ぞくっと背筋が震えるほど、色っぽかった。私は多分初めて、発情してる女の顔を見た。
劣情むき出しの女の顔がもう一度、近づいて来る。
「ち、ちょっと待って」
気持ちがぐらつきながらも足掻くように、キスを手で制する。私の煮え切らない態度に、ねるはじれったくて仕方なさそうに頰を膨らました。
破壊力抜群のおねだり顔を無視して、ずっと身に着けていたネックレスを外した。そして、ツインベッドを挟む小型のテーブルにそっと置く。体温のない無機質な木材の上で、温もりを失っていくタツノオトシゴはどこか寂しそうだ。
ねるの方へ向き直りざまに、唇が重なってきた。