「ってな感じで、今日は大変だったんだよー」
いつも通り、トムに話しかける。私の部屋でトムと私、二人だけの対話。メンバーに見られたら「やばいだろうお前」と弄られること間違いなしの日課である。
「周りに笑われちゃって。ひどいよね、私は真剣に焦ったのに。もー」
トムを撫でながらちょっとした愚痴をこぼす。トムは気持ちよさそうに鳴いた。
ただ普通に楽しく過ごしていたのが、急にどう接していいか分からなくなってしまった。
烏龍茶のような、謎の飲み物は“呪い”だろうか。
もしも、あれを飲んでいなかったら、この想いは生まれなかったのだろうか。
神様のいたずらを恨んでいるかと訊かれると、そうでもないかもしれない。
もしかしたら、これも神様のご計画なのかもしれない––––。
あれこれ考えているうちに、自分でもわからなくなってしまった。頭がショートしそうだった。
(よーし!)
急に立ち上がったので、眠たそうにしていたトムが驚いて顔をあげた。
「こういう時はアレだよね!」
一人部屋の中で人差し指を立てて話し始める私に、トムは首を傾げている。
私が今からやろうとしていること、それは、部活などで困難にぶち当たった時にいつも実施してきた“ゆっかー流自己暗示術”だ。やり方は至って単純で「◯◯ですか?」という問いかけに「いいえ、違います」と自分で否定するだけの方法だ。
深呼吸をひとつしてから手始めに「私は怠けたいのですか?」と訊いた。
「いいえ、違います」
自分で答える。そんな下らない一人芝居を繰り返し、気持ちを整えていく。
「私は遊んでるのですか?」––––「いいえ違います」
「私は仕事を甘く見ているのですか?」––––「いいえ違います」
リズムに乗ってきたところで本題に入る。
「私はアイドルをやめたいですか?」
「いいえ、違います」
「私は恋をしたいですか?」
「いいえ、違います」
息を呑んだ。核心に迫った。
「茜のことが好きですか?」
あとはその言葉を出せばいいだけだ。
いいえ違います––––
「……好き、です」
「茜」という文字を脳に浮かべた時点で「好き」という文字がもう出ていた。胸が苦しい。この想いだけにはどうしても嘘がつけなかった。
そのまましゃがみこんで、膝に顔を埋める。今度は逆にトムが撫でてきて励まされる形となった。
自己暗示術をもってしても片付けられない、いや、片付けたくないこの想い。
アイドルになれば、恋愛なんて気にしないぐらい華やかな仕事に夢中になるのだろうと思っていた。まさか、私がアイドルになって一番悩むのが「恋愛」になるなんて。
私は渡辺麻友のようになれないのかもしれない。改めて、最後までクリーンなイメージを保ちつつアイドルの仕事を全うした彼女の偉大さを再認識した。
考えすぎたのだろうか、その日の夢に茜が出てきてしまい、私は欅坂46に入って初めて寝坊をした。
お父様。お母様、茜。
迷惑だけはかけないので、好きでいてもいいでしょうか?