東京フェスティバル!ふぉ。

 廊下にはアイドルたちがたむろしていた。挨拶したり、連絡を交換したりしあっている。どの人もカラフルの色合いをした衣装を身につけており、見ているだけで目がチカチカする。
 人混みならぬアイドル混みをくぐり抜けて、トイレへ向かおうとした時––––。

「今泉じゃん。久しぶり」

 呼ばれた方を振り向くと、そこには以前、一緒に仕事したことのある顔ぶれがいた。二人組とも私の下積み時代の知人である。そして、あまり会いたくない分野に属するタイプの人でもあった。

(げ、嫌な人に会っちゃったゾ……)

 しかし、得意の作り笑顔で迎える。

「久しぶりぃ~! 2人とも元気だった?」

 抱きつこうとするが、二人組は私を拒絶するように腕を組んで顔をそむけた。あからさますぎる態度だった。

(はぁ、面倒臭っ!)

「うん、相変わらず」

 汗で濡れている髪がうざったいのだろう、彼女は乱暴に髪をかきあげて言った。

「ところで、パパは元気なの?」

 笑顔で尋ねてくるもんだから、私は素直に答えた。

「あ、うん! 雪だるまくんなら元気だ……」

「なにとぼけてんの? そっちのパパじゃなくて、夜のパパのことを言ってるんですけど」

「真面目に答えてやんの」

 二人組とも、お互いの肩をはたいたりしてせせら笑いながら続けた。

「可愛い顔して凄いもんね、ほんとオタクどもが知ったらどうなるんだろうね」

「最近、ちょっと売れてるからっていい気になってんじゃないわよ! ブス!」

「喜ばし組」

 悔しかった。ボカンとこいつらの顔に一発入れてやりたいところだったが、私は今、欅坂46の一員だ。不利の私がここで怒ったら勝負は一気に着す。
 ぐっと拳を握りしめ、俯きながら怒りと悔しさを堪えてるところで後ろから声がした。

「ちょっと、しつれ~い!」

 顔を上げると、私の前に頼もしそうな背中が現れた。そして朝見た、明るい茶髪の少年のような頭。志田だった。

「欅じゃん。ども」

 二人組の片方が偉そうにあごを突き上げて志田に言った。志田はというと、威圧的な態度に屈することなく、顎をきながら緊張感のない声で二人組に尋ねた。

「さっきから思ってんけど、パパがいることのなにが問題なの?」

「ちょっ……」

(ちょっ……)

 相手につられて思わず、私も同じ言葉を漏らしそうになったところを口をつぐんだ。
 問題児の彼女のことだ。喧嘩慣れしてそうだし、何しでかすかわからない。彼女を抑えるように、後ろからおずおず、志田の腕に手を置く。
 たくましい背中から覗くように相手を見ると、二人組共すごい形相をしていてとてもアイドルとは思えない怖さだった。

(志田より怖いんだけど……)

「はぁ? さすが、秋元グループね。汚い」

 顔をしかめながら汚物を見るような目で私たちを見てきた。当の志田は全く効いていないようで、ポーカーフェイスを貫いている。流石、欅イチ無表情が決まっている女だ。切れ長の眼の中に光るブレない瞳は、ちょっと怖くて美しくもあった。逆に相手の方がしどろもどろし始めるという予想通りの展開がなんとも面白い。
 志田はふーっとため息をついて言った。

「なんつーかさぁ、あんたら顔面も心も超バグってね? けつばんにしか見えねぇよ」

「はぁ!?」

(ああ、言っちゃった! けつばん? ……じゃなくて、どうしよ!)

 志田の腕を掴んでいる私の手に、一回り大きな手が重なってきた。

「ほら、行こう」

 私に向けた瞳は、優しかった。
 志田に腕を引かれて、人混みを掻き分けながら、その場を去ろうとする私たちの背中に向けて「ちょっと待ちなさいよ!」という声がする。廊下にいたアイドルたちが一斉にこちらを向く。志田は振り返り、二人組に返答する。ところ構わず大声で。

「じゃあな、ハイパーウルトラドブス!」

 戸惑ったまま腕を引かれている私に、志田はニィッと、いたずらっ子な笑顔を見せて言った。

「どうだ! 言ってやったぜ!」

 

 

 ずんずん進む志田に着いていく私。歩幅が大きい上に歩くのが早いので、私は駆け足気味でついていくのに必死だった。
 志田が握っている私の腕を揺すってきたので、顔を上げてみると「っしゃ!」と少年のような顔で言い出した。

「蕎麦食いに行くか!」

 私に何も聞かず、食事に誘ってくれる志田の優しさに救われた。

「あ、ありがとう」

 お礼を愛佳に伝えると「ん? おぉ」と間抜けな返事が返ってきた。

「気にすんなよ、ずみこ。あんたの方があいつらよりも数倍可愛いから」

 可愛いと言われ慣れてるが、いくら言われてもやはり悪い気はしないものだ。素直にえへへ、とにやけた。

「あと」

 志田はばつが悪そうに、自分の首をこすりながら目を伏せて言った。

「さっきは悪かった。ごめん、忘れて」

「あっ、ううん……」

 今度は自分の耳たぶを揉んだり、ソワソワしながら「なぁ」と言った。少し顔をくもらせて、ちらりと私の目を見て訊いてきた。

「パパって、いないのが普通なの?」

「え、愛佳いるの? その、パパ……」

 志田はほうけた顔をして答えた。

「え? 普通にいるよ」

「そ、そーなんだ。あ、私は今はいないけど……」

「そっか。なんかごめん」

「いや……」

 少しショックを受けている自分がいた。

(愛佳もいるのか。呆けた顔してやることやってるなんて……!)

 しかし、改めて見ると、容姿は目付き悪いけど結構整ってるし(というか美形)、スタイルも少し筋肉質で男っぽいながらもモデルに務まりそうな高身長で(羨ましい)、それでいて独特な雰囲気がある(気になっちゃう)。
 そういえば、彼女も欅坂46に来る前は地元でモデルをやっていたという話も聞いたことがある。パパが居ても不思議ではないかもしれない。

「うちのパパさ~、いつも酔っ払いながら帰ってくるんだよね。酒くせーし。でも家のために働いてくれてるし、いっかみたいな」

「ああ、そっちね……」

「んっ?」

 ちょっと安心すると、愛佳の相変わらずさに救われた。欅坂46の中でもただひとり尖っているクールでアウトローな彼女(少しだけ、かっこいい)。
 私ははぐれないように、志田の手……だとなんか悔しいから小指を掴んで後を付いて行った。

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