東京フェスティバル!ふぉ。

 8月5日から7日の3日間、TIF2016が開催された。
 欅坂46に入る前にアイドル経験のある私にとって、馴染なじみのある単語でもあった––––。

 真夏の日差しは暑く、出番はまだ来ていないのに既に汗を垂らしていた。待機室ではメイクさんやマネージャーさんが騒々しく動いている。日焼け止めを入念に手入れされているメンバーたちの顔は真っ白でまるで陶器とうきのようだ。
 ヘアメイクさんに前髪を整えて貰っている中で私はある人を見つめていた。

平手––––。

 ボブの髪の毛を一つ結びにしたことで凛々しい印象となっている。やっぱり平手はかっこいい。
 私の視線が彼女にくぎ付けになったせいで、突然「あ!」とあげた渡辺の声にギョッとした。

「愛佳!」

 ドアから颯爽さっそうと現れた志田はいつもと雰囲気が違っていた。セミボブをばっさりと切ってショートカットにした彼女は、少年に見えた。明るい茶色に染めた短い髪からチャームポイントである立ち耳がのぞいている。その風貌ふうぼうはまさしく夏に似合っており、爽やかな感じを与えた。

「なによー失恋でもしたの?」

 斉藤が茶化ちゃかすと志田は笑いながら「うるせー」と流した。ショートカットにした彼女はご機嫌だった。
 志田のイメチェンについ見惚みとれていた私は、慌ててギターの準備に取り掛かる。すると、ピックを忘れたことに気付く。

「あ……ピック忘れた! 急いで戻ってくる!」

「分かった! 気をつけて!」

 「ゆいちゃんず」の相方に一言いうと、欅坂46の楽屋まで急いで戻る。

 

 

「あっ!」

 勢いよく楽屋に入ったせいで椅子に足をぶつけてしまい、椅子の上に乗せていた派手な柄のリュックが倒れ、床一面に中身をぶちまけてしまった。

「わわ、ごめん。誰かのリュックさん、ごめん!」

 イヤフォン、ライブのTシャツにタオル、DS……慌ててリュックの中にしまうと、キラキラしたものが目に入った。ネックレスだった。輝いているイルカにパールと貝殻が寄り添うように付いている。
 男っぽい持ち物の中でひときわ際立つ女の子らしいアクセサリーだった。持ち上げてみると、イルカは眠りながらゆらゆらと揺れている。「かわいい」と独り言を言うと、楽屋のドアが開かれた。

「おーい、そろそろ出番……」

 入ってきたのは志田だった。視線がばちりとぶつかる。彼女の怠そうな目が大きく開いてつり上げたかと思うと、私のところにズカズカと大股で歩いてきた。そして、乱暴にネックレスを取り上げた。えっ、と驚く間もなく、イルカの可愛いネックレスは目の前で志田の手によって引きちぎられた。パーツが散らばり、眠っているイルカがカロンカロンと音を立てて転がる。

「ちょっ……!」

 志田は表情を変えることなく、引きちぎったネックレスの残骸ざんがいをゴミ箱にぽいと捨てた。突然のことに狼狽うろたえてしまった私は「もったいない……」と漏らすしかできなかった。
 志田はこちらに一瞥いちべつすることもなく「もう要らないから別にいい」と吐き捨てるように言って、そのまま部屋を後にした。

(怖……というか、なんなの。なにも引きちぎることないじゃん! 感じ悪い!)

 楽屋を去っていく志田の背中に向かってファイティングポーズを取りながら心の中で悪態あくたいをつく。

(って、なんでかっこいいなとか思ったんだよ自分! ばかばか!)

 自分を罵るようにファイティングポーズをとった拳で自分の頭をぽかぽかと叩いた。
 はぁ~、と深いため息を吐いて、テーブルの下でひっそりと転がっているイルカを拾い上げた。何故、あの志田がこんな可愛らしいネックレスを持っていたのか疑問だったが、時間も迫っていたので謎と共にポケットにしまいこんで、ピックを片手にステージへ向かった。

 

 

 ファンの熱量は噂に聞く通り、凄かった。慣れている私はいいとして、懸念けねん点の由依だが、彼女はタフな神経をしているらしい。どっしりと構えてくれたお陰で「渋谷川」の披露は手応えのあるパーフォーマンスとなった。

 改めて最高の相棒を持ったなと実感した。ステージは成功に終わった。

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