「ねえ! 友梨奈、いる?」
寮組のメンバーと自主レッスンに打ち込む中、お出かけから戻った織田のハイテンションな第一声がリビングに響く。
「えっ、今日はずっと会ってない」
レッスンしているメンバーの中に平手の姿はなかった。
茜がそう返すと「それがね、それがね!」と鼻息が荒くした織田が早口で畳み掛けてくる。
「なんか、友梨奈キスしてたっぽいんだけど!」
メンバーが一斉にレッスンを止めて織田の方を見る。
「はぁ?」
「電車で外見てたら、友梨奈見かけたんだよ! なんかすごい顔近付けてたんよね。赤いニット帽だったし、あれは友梨奈だったと思う!」
「ちょっと、やめてよ! デリケートな時期にその話は。きっと他人の空似だよ」
「そうだよ、織田奈々うるさい」
ダンスに難がある茜はかなり苛立っており、強めに返したのを察して私も織田を制するように言う。「いや、本当なんだって!」と一人だけ騒ぐ織田をほっといてそれぞれ自主レッスンに打ち込い始める。ただ、織田の話に驚いた一人を除いて。
「今日は遅いからもう寝なさい。明日も早いんでしょ」
寮母が手拍子すると、メンバー達は名残惜しそうに片付け始めた。
「やばいやばい」
「ほんと、どうしよう」
カレンダーに新たなバツが加えられ、赤い丸までじわじわと迫っていた。それを見た茜は頭抱えなからへたり込んだ。
さっきから、やけに愛佳が大人しい。いや、いつも大人しいのだが、まるでレッスンに身が入らないようだった。先ほどの織田の虚言でも一人だけ驚いていた。
ほっとけなかった私は今、愛佳の部屋の前に立っている。ドアをノックするも返事がない。もう寝てるのだろうか。試しにドアハンドルを引くと、普通に開いた。
鍵をかけていない無防備さに驚きつつ部屋に入ると、真っ暗な部屋の中にベッドの上で体育座りをしながらボーッとしている愛佳の姿が見えた。
「愛佳?」
「……理佐。夜這い? 今日はそういう気分じゃないから」
「馬鹿。じゃなくて、大丈夫? 今日、元気なさそうだったけど」
「うん。なんか……」
愛佳は天井を見つめながら独り言のように語り始めた。
「世界の終わりのことを考えてた」
「はぁ?」
「3月17日に、巨大な隕石が降ってきたりとか……」
「意味わかんない。でも、その気持ちは少し分かるけど」
そっと愛佳を抱き抱き寄せる。
「一緒に、頑張ろ?」
私の腕の中でコクリと頷いた。らしくもなく弱々しい彼女が可愛く思えた。
「なんか……」の後に続く言葉を噤んだように見えたのは、気のせいだったのだろうか。