沈思

 怱忙そうぼうの私たちはフルスピードで夏を駆け抜けた。とめどなく溢れてくる汗をしぶかせ輝かしいものにしてくれた炎夏も過ぎ去り、秋色が濃くなってきた今。
 サードシングルの選抜が冠番組「欅って、書けない?」にて発表された。

 私はまたもやセンターに選ばれた。
 最初こそ恐怖と不安ですくみ上がる思いだったが、今はなんだか違う。怖くないと言ったら嘘になるが、なんの感情も湧かなかった。自分でさえも、この心境の変化が解らない。
 ただ、言えることはひとつ。私は「どうせ」センター。

 たとえば、これが学校ならば。「具合悪くて」と、いくらかの理由を並べて休める。これが会社ならば。有給休暇を出せば休める。そうじゃなくても、代わりに誰かがやってくれる。けど、センターは––––。

 これは私への試練なんだ、と前向きな考えにギアチェンジできたらどんなに楽か。しかしのところ、私は元来ネガティブ小僧なので、こう可愛くない見方をしてしまう。
 試練を与えているのは神でもお天道様でもなく周りの大人たちなのだ、と。理由は至ってシンプル。結局、金。
 面白がって私を試す業界の人たちやファンたち。そして彼らは無責任に私を評価し、非難する。

 どの社会、組織においても、生きていくには権力者におもねることだ。アイドルなら尚更のことである。
 歌手のような歌唱力も備わっていなければ、女優のような演技力も、モデルのようなプロモーションも、ダンサーのようなパーフォマンスも、なにもかも備わっていない。それらのスキルを文化祭の出し物レベルで披露したとしても「アイドルだから」と、大目に見られるのがなんかしゃくだ。ありがとうございます、と素直に喜べない私だった。

 アイドルの価値とは突き詰めれば“若さ”のみにあるように思う。だからこそ、おもねるスキルこそがアイドルの生命線であるのだ。人に阿附あふして生きるなんて私らしくもない。反発心がふつふつと湧き上がってくる。

 悔しい。忠義心を評価するのではなく、“私自身”を評価して欲しい。欅坂46の振り付け担当のTAKAHIROは好きだ。私を真っ当に評価してくれるから。

 ……気付くと沈思にふけていた。最近の私の癖だ。今回のサードシングルの選抜について振り返ろう。

 今回の選抜はフロントメンバーが大幅変更された。セカンドシングルのフロント全員が後ろに下がり、最後列にいたメンバーがフロント採用だ。
 私の隣は、小池美波と原田葵。特に、かつて同じ中学メンバーだった葵と同じ列に並べたのは純粋に嬉しかった。

 私の真後ろには–––––長濱ねる。そして、彼女の隣には渡辺梨加。妙に背徳感が湧いてしまったのを覚えている。私の竿姉妹が後ろで、私を支えるようにして立っている。
 夏の出来事を回想するのは流石に自制したが、ふと二人の匂いがして皮膚がぴりぴりするような緊張を覚えた。我ながら最低だと思う。

 この頃の私は、まるで太陽の光が届かない深海に居るような、憂うつな気分であった。太陽が必要だ。私の世界を照らしてくれるような、そんな存在。

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