人目のいない廊下には私のすすり泣く声だけが響いた。梨加ちゃんの肩に埋めて泣いている私を、彼女は優しく抱きしめてくれている。
「私、不安で……すごく不安で……! 潰れそう」
嗚咽を漏らしながら激しい不安を吐露する。
「大丈夫だよ」
パニックを起こしそうな私を落ち着かせるように、私の頭をそっと撫でてきた。
「2作品連続センターなんて凄……」
「嬉しくない、嬉しくなんかないよ! センターなんて怖くて、怖くてたまんないよ……!」
首を横にはっきりと振った。再びセンターに選ばれたということは、即ち「サイレントマジョリティー」より素晴らしい作品を届けなければならないということを意味していた。果たして、私に全うできるのだろうか。
「センター……友梨奈ちゃんしか出来ない、と思う」
私を励ますつもりだろうが、声は頼りなさげで、なんだか他人事のようにも聞こえた。梨加ちゃんらしいといえば、らしいのだが。私が悲観的すぎるだけなのだろうか。
梨加ちゃんは晴れない私を見て「うーん」と考えて、言葉を絞り出した。
「一緒に頑張ろう?」
「梨加ちゃん」
私はそのまま梨加ちゃんの顔に近づけようとした。
「えっ、待って」
もう少しのところで唇に手が置かれた。私の恋人は、口を歪ませて眉をハの字にさせ、思い切り困った子供のような表情を見せている。私は拗ねた。
「ここ、人いないじゃん」
「でも、他の人に見られたら」
「梨加ちゃん。お願い。私を安心させて」
梨加ちゃんの返答を待たず、急ぐように自身の唇を押し付けた。「ん……」と、悩ましい声が塞いでいる唇から漏れる。
「梨加ちゃん。しばらく、こうさせて」
上目遣いで縋るように訊いた。
「う、ん……」
梨加ちゃんは困ったような顔を浮かばせるだけで、私の目を見ようとしない。
(なんだよ、その反応。私が甘えるのがそんなに迷惑?)
少し苛立った私は八つ当たり気味に、逃れようとする梨加ちゃんの唇を離すまいと強く押し付ける。
今ここで梨加ちゃんを抱こうかと思うくらい、私の心は逸っていた。
(ごめんね、子供で。けど、少しだけ甘えさせて)
「渡辺さーん?」
「あっ!」
自分の名前を呼ぶスタッフの声に反応した梨加ちゃんは、慌てて私を押した。
「あ、いた。次の撮影に行かなきゃ」
「友梨奈ちゃん、ごめん。行かなきゃ」
「うん……」
私は次の撮影現場へと向かう梨加ちゃんの背中をずっと見つめる。曲がり角を曲がるところで、梨加ちゃんが振り返って私を見てきた。しかし、私は「あ……」と間抜けな反応をすることしかできなかった。梨加ちゃんは反応することもなく、そのまま私の視界から消えていった。私は思わず嘆息した
梨加ちゃんは外だと微妙に冷たかった。いや、一応、お姉ちゃんという立場から周りに気遣っているというのは分かっている。それでも、もう少し寄り添ってくれたっていいじゃないか、と不満そうに口を尖らせた。
しばらく不貞腐れていると、ねるの顔が不意に思い浮かんだ。
信じられないのと、みんながこっちを向いて喜んでくれたのが嬉しかったです––––。
(そうだ、ねる。ねるに会わなきゃ。そして、祝福しなきゃ)
ねるの元へ走り出した私の涙はすでに引っ込んでいた。