振り回されるの巻

茜、顔近いです……。

 

 

 ドラマの休憩中、私はグループの中で一番親しい瑞穂みづほと一緒にいた。
 瑞穂はモデルのようなルックスをして意外にも趣味が漫画だったり、アニメだったり、ゲームだったり……と共通の話題も多く、プライベートでも二人で遊びに出かけたりもしている。欅坂46に入ってできた、気の置けない友人でもある。
 そんな瑞穂と他愛ない話を繰り広げていた時だった。

「なんの話ー? 私も混ぜて!」

 後ろから声がしたと思うと、私に抱きついてきた。声の主の顔がすぐ横にあったのが、ドキッと脈打つ。
 茜の乱入に瑞穂は笑顔で迎えたが、私は真顔になってしまった。オタク話で盛り上がっていたところに邪魔が入ったことで苛立ったり機嫌を損ねているわけではない。ただ、茜の横顔にうっとりするばかりで少しの間、硬直してしまったのだ。

「そだ、最近トムどう? 元気?」

 瑞穂が3人でも楽しめる話題に変えてくれたお陰で、意識をそっちにらせることができた。瑞穂も家の事情で飼ってはいないが猫が好きで、耳にタコが出来るほど聞いているだろう、私の猫の話をいつも楽しそうに聞いてくれる。

「そうなの、聞いて。トムって、本当に気分屋で」

私は惚気のろけるように話し出して、親馬鹿ぶりを発揮する。横で「えっ、トム? 誰?」と、尋ねてくる声がしたが、私たちはじきに分かるだろうと思ってか相手にしなかった。

「あははーそうだよね、気分屋だもんね」

 瑞穂は笑うと八重歯がちらりとのぞいて、この時だけ少女のような表情になる。

「顔もね、いつもしかめっ面だけど。そこがまた可愛いというか」

 トムの顔を真似て自分もしかめっ面を作った。それから急に愛おしい気持ちになり、胸に手を当てる。茜は終始、私たちの会話に首を傾げている様子だった。

「瑞穂さん、撮影でーす」

 スタッフから呼びかけられ、瑞穂は私たちに微笑むと席を外した。

「はぁ~惚気過ぎちゃった。私も、ちょっとお手洗い……」

 話がいいところで終わったついでに私もお手洗いに行こうと席を立つと、ぐいっと腕を引かれた。

「待って」

 着席している茜が俯いた状態のまま、私の腕を引いている。微妙に私の腕を握る手が強い気がしたが、なんとなく「痛いよ」と言える雰囲気ではなかった。

「どうしたの?」

 皇太子夫人のような笑顔で訊いた。内心、胸の高鳴りがうるさくて仕方なかった。

「友香ってさ……」

 茜はゆっくりと顔を上げた。いつもの気の強そうな瞳がいつになく、弱々しく見えるのは気のせいなのだろうか。こういう弱々しい顔を見せるのも、茜の持ってした魔性ましょうの技なのだろう。世の殿方はこの顔を見たらきっと落ちるに違いない。私の腕を握る強さは男顔負けだが。

「彼氏、いるの……?」

「えっ、いないよ! なんで?」

 即、否定した。茜にだけには誤解されたくないと思った。

「だって、さっきトムがどうとかって……」

 茜の質問に拍子抜けしたあと、思わず吹き出してしまった。茜の誤解が面白くて笑いがこらえきれず、とうとうテーブルに突っ伏してしまった。茜は「はぁ?」と怪訝けげんそうに眉間にしわを寄せている。やっとの思いでテーブルから顔を上げて「あーおかしい」と、涙をぬぐった。

「なにがおかしいの、言ってよ!」

(茜、そんなに怒らなくても今すぐ見せてあげますよ。トムの正体を)

「茜、これ見て」

 スマホの待ち受け画面を見せる。茜は目を凝らして見た。

「えっ、猫?」

「私の飼ってる猫がトムっていうの」

「ああ、そうなの……」

 茜は肩落とした後、不機嫌そうに黙り込んでしまった。

「あ、あの?」

「はぁ~、ほんっと損した!」

 頰をつきながらふくれ顔をしている。

(これはこれは、ご機嫌斜めになっておられる)

 茜は機嫌を損ねると結構怖い上に、収まるまで時間がかかってしまうたちなのだ。慌てて手を合わせてびる。

「ごめんなさい! ほんと、ごめんなさ……」

「謝りすぎだから」

 茜はじろっと横目で私を見てきた。思わず、背筋を伸ばす。

「友香ってば、世間知らずそうだし。悪い男に捕まりそうで、心配でしょうがないのよ」

「えぇーっ!?」

「友香はね!」

 肩をがしっと掴まれてじっと見つめてきた。つり目がちの勝ち気な瞳で見つめられて、不意にどきどきしてしまう。

「人が良すぎるから、悪い男にもホイホイつけ込まれるのよ。わかった!?」

 自慢できるほどの恋愛を経験してきてないのだが、なんとなく否定できないのが困った。苦笑いを浮かべながら頷く。

「あと、付き合うなら––––」

 私は茜のアドバイスを真摯しんしに耳を傾ける。茜は顎を上げて自信に満ちたような顔で言った。

「私にしなさいよ」

 私の心情を説明するとしたらこうだ。真横で爆発が起きてもクールを装う我慢大会のような、そんな状況だ。ただ、手足はかすかに震えている。

「なに言ってるの。メンバー同士が付き合うわけがないでしょ?」

「どうかなー」

 顎に人差し指を当てて斜め上に視線を泳がせながら言った。

「だって、最近メンバーのカップルができたし」

 茜は一体何を言いたいのか、私には分からなかった。首を傾げてもう一度説明をうながそうとした。が、さっきよりずいっと顔を近づけてきた茜に、私は無様ぶざまにも言葉を詰まらせてしまう。

「私、友香がメンバーと付き合うとして」

「はい」

(今、なぜ返事したの!? しかも敬語!)

 私よ、なんて分かりやすい反応してしまうのだ。自分に突っ込みを入れたくなる。

「私じゃなかったら、多分、私––––」

 唇を不満そうにとがらせてきた。色めいた厚い唇。思わずキスしそうになる。

「嫉妬しちゃうかも」

「またまた」

 作り笑いで誤魔化ごまかそうとするも、茜が真っ直ぐに見つめて来るもんだから、すぐに作り笑顔をやめる。
 しばらく間合いがあった。隣のテーブルで原田のプリンが勝手に食べられたとかで騒ぎになっていたが、私たちは2人だけの世界に入っていた。
 茜は堪えきれずに顔をくしゃっと崩して笑った。

「うふふふ!」

(やれやれ)

 緊張の糸が切れた私はふぅと息を吐いて、それから苦笑いを浮かべて尋ねた。

「……からかった?」

 私を少し寂しい気持ちにさせたなんて知らずに、茜は髪を耳にかけながら小悪魔的な表情を見せていた。彼女の尻から悪魔の尻尾が生えているのが目に見える。

「まぁ。私、小悪魔系なんで」

(分かってたよ、そんなことは)

「知ってるよ、私に警戒心抱かないもんね」

「えー、それまだ引きずってたの? かわいー」

 茜は手を差し伸ばしてきた。撫でようとしてくる茜の手を掴んだ。いざ反撃、とばかりに。

「茜の方こそ、そういう小悪魔な態度じゃ、いつ襲われても知らないよ」

 これは本音を吐露とろしているつもりだ。訳すると『他の人にあまりそういうのを見せて欲しくない』だ。
 鳩が豆鉄砲を食らったような顔になった茜に「ふふっ」と微笑んだ。

「私も茜のことが心配でしょうがないよ。だって、茜、その……」

 決めるべきところでしどろもどろしてしまう。どうも格好つけるなんて、やっぱり私のがらじゃない。

「可愛いから。すごく……」

 うつむきながら言った。精一杯の言葉だった。相手と目を合わせて話すのが父の教えでもあり、私のポリシーなのに。

「なによぉ、友香のくせにカッコつけちゃって! 私が可愛いのは当然! 私をドキドキさせようなんて100年早いから!」

 茜は胸を張って鼻高々に、そして早口で答えた。心なしか、茜の頰がほんのり茜色に染まっているように見えたが、小悪魔な彼女のことだ。あまり気にしないことにした。
 降参するように両手を上げた。

「はい、おっしゃる通りです。すみませんでした~」

 

 

お父様、お母様。
女って、こんな小悪魔な生き物だったのでしょうか。私が半分、男になったせいで鈍くなったのかもしれません––––。

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