発芽

はぁ……

はぁ……

 数々の汗粒を浮かばせた額。
 手には暖かくて生温い白濁液。
 しばらくすると視界が歪んだ。
 私は涙で滲んでいた。

 時は遡って、年末。
 帰省した翌日から体に異変が起きた。体が熱っぽかったのだ。最初は風邪かなと思い、休息を心掛けた。それでも熱っぽさは日々につれて増していく一方で、それが三日ぐらい続いた後、熱っぽかった体が嘘のように綺麗さっぱりに無くなっていた。
 肩を撫で下ろしつつ日課でトイレに向かい、パンツを下ろした瞬間。見慣れない物を目にして、しばらくの間、固まった。瞬きを数回、そして凝視する。目に映るものが夢ではないと悟った瞬間、ヒッと悲鳴をあげた。
 私の股間から男性器と思わしきものが生えてるようだった。酷く混乱した。恐る恐る触れてみると、〝股間が触られた〟というかつての女性器とはまた違った未知の感触が脳に行き渡る。

「嘘……」

 これは悪い夢だ、そうに違いない。そこで忘れかけた尿意を思い出すとムズムズしてきたので、混乱してる頭を正常に戻しつつ、覚束ない動きでなんとか放尿を試みた。変な感覚だった。自分が男性器の先から尿を出している。
 しばらくは混乱とショックから家族ともまともに顔を合わせられず、部屋に引き篭もった。

 翌日。困ったことが起きた。
 朝、起きるとズボンが急な山を描くように膨らんでいるのだ。家族にバレないよう我が聖地トイレに駆け込んで確認すると、男性器が隆起してるようだった。尿意で膨らんでいるのか、よく分からなかった私は取り敢えず用を足してみる。すると、それは収まった。
 実に長く悪い夢だ、早く覚めて欲しい。切に願った。でも現実だという現実が受け入れられなくて力なくその場に崩れる。
 念願のアイドルグループ欅坂46に合格して、いざこれからというときにこんな事が起きるなんて。しかも女性しかないチームの中で。これからどうしよう。病気なのかな。でも家族には相談しづらい。
 色々と悪い予想がとどまりなく浮かんでくる。

 翌々日、トイレで自分の男性器を観察してみることにした。
 兄以外のは見たことがなかった私にとって男性器のデータは乏しく、比較しようがなかった。兄のはどんなだったろうか。ある記憶が蘇ってくる。
 まだ中学生にもなってない頃、私はいつものように勝手に兄の部屋に入った。ドアを開けた瞬間、動転した兄はこの時、男性器を握っていた。
 この時は何を意味するのかは分からなかったが、中学に上がり、保健体育の授業でそれは〝マスターベーション〟という行為だということを知った。
 “マスターベーション”……果たして気持ちいいのだろうか。

 無意識に手が股間の方へ伸びていた。そっと撫でてみたら私の体に快感の震えが走り、サナギから旅立つ蝶々のように、頭が姿を現した。肉茎は少しずつ硬さを帯びてきている。
 初めて知る“快感”に恐怖心を抱いていたが、それ以上に好奇心が勝っていた。男性器を握り、軽く擦ってみると先ほど感じた快感が大きく膨れ上がった。気付くと夢中になって、肉茎を上下に擦り始めていた。
 普通の男の子らしく、手を動かしている。強烈な快感が、股間から全身に広がっていく。

「あぁっ……!」

 初めて漏らした自分の嬌声に恥ずかしくなり、空いてる手で口を抑えた。未知の感覚が頭の中を白く染め上げる。せり上がってくる快感と恐怖でがくがくと震える足。暴走し始めた性への衝動は止めることも弱めることも出来ず、手の動きは増していく一方だった。

「……ンっ!」

 ビュルルルッと音を立てて激しく吐精した。それは酔っ払いが我慢しきれず吐き散らす嘔吐物のように、トイレ座面全体にまき散らしていた。
 恥ずかしくて、怖くて、でも気持ちよくて、涙で滲む。全身から力が抜けていき壁に背中を預けつつその場にへたりこむ。全身から一気に噴き出す汗。

 何にも考えられなくなった私の脳内にぽかりと浮かんだのは初めて味わう快感と罪悪感と、そして感動だった。

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