警戒してほしいの巻

 急がなきゃ……!

 

 アイドルと学業の両立を目指している私は、ダンスが他のメンバーに比べて、後れを取っていた。後れを取り戻すべく、早朝に向かうと、ダンスのレッスンに励んでいる茜の姿があった。

「おはよう~早いね、流石!」

「ダンス下手だからさー……ほんとやばい」

 座って休憩をとる茜の隣でストレッチを始める。表向きでは〝女子力〟を磨いているようだが、ペットボトルの水をがぶがぶ飲み干す姿に体育会系の一面が垣間見える。
 周りを見回すと、集合時間の3時間前は流石に早すぎたのか、私たち二人しかいなかった。

「二人だけだね……」

「それがなにか? まさか、襲うとか~?」

 ふざけながら、ニッと濡れている唇の端を上げている。

「そんな、はしたないことしないって! 第一……私のこと、警戒心抱かないじゃん」

 ちょっと拗ねたように答えてしまった。茜はにやけた笑いを浮かべている。

「それ気にしてたの?」

「少し……」

 茜も真面目に返されると思わなかったのであろう、きょとんとしていた。なんか変な空気になってしまったのを、慌てて補足する。

「違う、違うんです、あの。私、そんなに魅力ないかなって……」

「はぁぁぁ!?」

 正直、茜の怒った顔は洒落にならないくらい怖いと思う。ふさわしい言葉で表現するなら、「般若」だろう。反射的に頭を下げる。

「あっ、ご、ごめんなさ……」

「馬鹿なの? ゆっかーって独り占めしたいぐらい、魅力的なんだからね!」

 ピシャリと言うと、またペットボトルを口に運んだ。

「あ、ありがとう」

 かなり照れてしまった。自分の頬に手を当てると熱があるみたいに火照っていた。
 しかし、茜からしたらリップサービスなのだ。「可愛い」と「好き」のバーゲンセールで、色んなメンバーにもこのようなことを囁いているのであった。
 なんだか乙女心を弄ばれたような気がして、しょんぼりと凹んでしまった。

「まあ、キティパンツはどうにかした方がいいと思うけどね」

「質がいいんだよ……すみませんね」

 茜は微笑んだ後、空になったペットボトルをペキペキと音立てて捻り潰した。実に様になっている。

「『手を繋いで帰ろうか』さ。ゆっかーで良かったなーって思うよ」

 トクンと胸の奥が熱くなるのを感じた。

「だってあれ、もし相手がザ・クールだったら絶対ニヤニヤしながら小馬鹿にしてくるし! 特に、志田とかさぁ~」

 捻り潰したペットボトルで自分の膝を叩きながらこぼしている。

「ははは」

「織田奈々だったらこっちが吹き出しそう」

 今度はペットボトルを顎に当てて、唇を尖らせながら呟いている。

「可哀想ですよ」

 急に大人しくなって、ペットボトルを床に置く。茜は私を見て、力なく微笑んだ。