「ちょっとこれ聞いていい!?」
織田が割り込んでプロレスラー、スタン・ハンセン選手ばりのメロイックサインを高く掲げた。
「ちょっと、なに聞くの!」
「えーっ! あははっ」
「こいつ、変なこと聞く気だ!」
「ぶっちゃけ、聞きますが……どこまで進みましたか?」
織田が目を一層輝かせながら、ぐいっと梨加ちゃんの顔に寄った。
(ちょっと待って、本当なの? 本当に付き合っているの?)
耳を塞ぎたかったのに、よほど思考が停止しているのか、体が言うことを聞かない。頭がどうにかなりそうだった。
「言えない……」
梨加ちゃんは目をぎゅっと瞑りながら、横に強く振った。
「じゃあ、オブラートに包んで……A!」
梨加ちゃんは首を傾げながら目を泳がせている。
(まさか、せいぜいキスまでだよね? ここまで展開早いなんてことは……)
「じゃーB! ペッティングペッティング!」
「ちょっと織田奈那うるさい!」
(お願い、Aだよね、Aって答えてよ)
梨加ちゃんは「んー」と唇を噛みつつ視線を斜め下に投げた後、また茜の腕に顔を埋めた。
「大穴……C!」
「織田奈那、がっつきすぎ!」
「マジで梨加ちゃん困ってるじゃんかー」
「梨加ちゃん、ごめんね、織田奈那盛ってるから」
「すぐにするわけないじゃん」
皆して面白いのか、爆笑しながらぎゃあぎゃあと言い合っていた。私はなにが可笑しいのか分からず、顔は硬直したままだった。鼓動が煩くなってくる。過呼吸寸前だった。
(違うでしょ! 違うよね、梨加ちゃん––––)
皆で騒ぎ立てる中、茜の腕に埋めてる彼女は静かに首を縦に振った。
「えっ」
皆一斉に梨加ちゃんの方を見た。梨加ちゃんは頭から湯気が出そうなくらい、茹でたこのように真っ赤になっていた。
一瞬、世界が歪んだ気がした。眩暈を覚えた。
「もー、皆して梨加ちゃん問い詰めすぎだって。女の子なんだからさぁ~」
織田は「ほら、ほら、ほら見ろぉ~!」と、ドヤ顔を菅井と尾関の二人に見せつけている。
「まじで!? すごーい!」
「おめでと~!」
「友梨奈ちゃん、どうなの? その……」
「それ聞かないの!」
「あはは!」
楽屋が祝福ムード一色に染まる中、気付くと目に涙を浮かべた私はよろめきながら、その場を去った。楽屋のドアを開けた瞬間、涙がこぼれた。
なんで泣いてるの。
平手が誰と付き合おうが最後までしていようが、どうでもいいでしょ。
平手とはライバルで、それ以上でもそれ以下でもない。
第一、私には夢があるじゃない。それに集中しないと。
なのに、なんでこんなに胸が苦しいの––––。
これまで経験したことのないようなショックを受けていることが、信じられなかった。
私は認めたくなかったけど、いつの間にか平手に恋していたのだ。そして、気付いたら失恋していたのだ。
口を歪めながら止まらない涙を手で拭いながら進んでいると、なにかにぶつかり後ろによろめいた。
「すみま……って、佑唯ちゃん!?」
ぶつかったのは遅れてやってきた小林だった。私が泣いていることに驚いて、おろおろしながらポケットを探り出している。ハンカチを差し出される前に私は小林から離れて、玄関へ一直線に走った。
「佑唯ちゃん!」
後ろで呼び止められる声がしたが、それも無視してテレビ局を出た。そこから帰宅するまでのことは覚えていない。もしかしたら、電車の中で人目も構わず泣きじゃくっていたかもしれない。
家の玄関のドアを開けてそのまま部屋に上がり、ベッドにダイブして、枕をひたすら濡らし続けた。溢れてくる涙は熱くて、止めようと思えば思うほど溢れ続けた––––。
––––––––––To be continued.