「葵、来たよ」
私はLINEを受け取ってすぐ、葵が指定した部屋に来た。段ボールが幾つか詰んでるだけの使用用途がよくわからない部屋に、葵がひっそりと立っている。明らかに泣き腫らした目をしていた。
「話したいことって? それにしても最近、泣き虫すぎじゃない?」
私なりに気遣った言葉を投げると、葵は肩を揺らしながら「またそうやって意地悪する」と拗ねてくる。その反応が可愛くて私はつい意地悪をしてしまうのだ。
「そうじゃなくて……真面目に聞いて欲しいことがあるの」
いつもの駄々っ子とは違った様子で、うつむきながら話している。流石にこれはガチな悩みのやつだなと思った私は、意地悪モードからお姉ちゃんモードに切り替えた。両手を広げて、葵に優しく微笑みかける。
「どうしたの? おいで」
「やだ」
おいで、を拒否されるのは初めてのことだった。
「えっ? 私なんかした?」
聞いても彼女は首を横に振るだけで答えようとしない。
「言ってくれないとわかんないよ」
さっきからずっと葵は伏し目がちで、私の顔を見ようとしなかった。私は無理に聞き出すことはやめた。しばらくすると、葵は重々しく口を開いた。
「気持ち悪がれるかもしれないけど……」
気持ち悪がるようなこととは、なんだろうか。全く予想がつかなかった。でも、私がフタナリになった時でも葵は引いたりはせず、いつもと変わらない距離でいてくれた。私だって葵に何かあっても避けたりはしない。
「気持ち悪がらないよ」
「絶対、引くから!」
「引かないよ、というか何? 聞くから早く」
「言えない!」
「言いなさいよ」
葵の頭を撫でようとしたところで「どうなっても知らないから!」と、華奢とは思えない力で腕を引っ張られた。次の瞬間、唇に柔らかい感触が触れる。この感触は知っていた。キス、だ––––。
私の唇は葵と重なっていた。
「……え?」
あまりにも突然すぎる出来事に、息が詰まったように立ちすくむ。
初めて目を合わせてくれた葵は「こういうことなの」と言った。私の腕をぎゅっと握っている手は、彼女の感情をあらわすように震えていた。
「私、理佐のことが好きになっちゃったみたいなの」
(好きになっちゃったみたい? 好きって、それは、友達としてってこと? 違うの?)
だんだん頭が混乱してきて、葵が発する言葉をどう理解したらいいのか判らなかった。
「理佐が他のメンバーと仲良くしたりしてるのを見て、すごい嫌な気持ちになって。誰にもあげたくないって思ったの」
葵は絞り出すように告白した後、力が抜けたように、その場に座り込んだ。
「嫌いにならないで……」
やっと事態を把握した。私に恋しちゃった、ということなんだよね。だから「もなとエッチしたの?」とか突拍子なことも聞いてきたわけね。すべて合点がいった。葵は声をあげて泣いている。
どうしたもんだろうか。これまで妹にしか見てなかった葵がどうしようもなく可愛く見えてきて、そして、私の中で嗜虐心が湧き上がってくるのを感じた。
「葵ちゃん、可愛い。 嬉しい」
葵の顎に手を当てて、顔を上げさせた。涙でぐしゃぐしゃになった顔に微笑んで、今度は自分から唇を重ねた。葵は凄く驚いたようで、震える手でぎゅっと私の服を掴んできた。可愛い。
本当に、本当に……いじめたくなる––––。
「毎日可愛がってあげる」
この日を境に葵ちゃんと私は姉妹のような関係じゃなくなった。そして、秘密の関係が始まった。
––––––––––To be continued.