~モテ期到来しまーちゅん~
「茉由」
「おう、なんや、しゃくれ!」
「誰がしゃくれやねん。うるさい口にはお仕置きが必要やな」
「やーん……って、ちゅーすんなや!」
「ははは」
「茉由~」
「おう、みゆきー」
「ちゅ~」
「はいはい、ちゅ~」
彼女たちは山本彩と渡辺美優紀、さやみるきーという愛称で親しまれてる。
私はその、さやみるきーからとりわけキスされる。我が難波のツートップから気に入られる私の唇はきっと魔性に違いない。魅惑のタラコ唇が二人を虜にさせている、嗚呼なんて罪深き唇なのだろうか。
ご覧の通り、小笠原茉由は自身の唇は魔性であると自負しており、ツートップを惑わせている事に自惚れているが(小笠原茉由のシンボルといえば「唇」が真っ先に思い浮かぶくらい特徴的なのは事実かもしれないにせよ)、実のところはAKB48移籍が打診されている茉由が故郷、NMB48を去るのが名残惜しくて少しでも思い出を作ろうと二人とも構ってきてるという事は彼女自身も分かっていた。
現に、大組閣でのAKB移籍発表以来、こんな調子である。しかし、同時にさやみるきー二人共なにかとギクシャクしているということは茉由だけではなく、NMB48メンバーにも伝わっていた。
二人がギクシャクすればするほど茉由にキスしてきた。
実は、寂しさからキスをせがんできてる説ではなく、二人共私の事を恋愛対象に見ている説が茉由の中で浮上している。
ある日の出来事だ。
「なぁ茉由、クッキー焼いてん。食べてやー」
「ねぇ茉由、クッキー焼いたねん。食べてや~」
さやみるきー共に、ラッピングの趣味は違えど、手作りクッキーを同時に渡してくるという漫画か、と突っ込みたくなるような展開が起きたのだ。見事に被った二人の間に火花がバチバチと散ってるのが見えた。
ヒューヒューと持て囃す周りのメンバー達。この時はなんとも思っていなかったが、確信を持った出来事があった。
あるダンスレッスンの日のことだ。ダンスレッスン部屋のドアを開けた瞬間、さやみるきーの会話が聞こえた。最近、気まずいこともあり、少し開けたドアの隙間から覗き見、盗み聞きを働く。
「なぁ、彩……最近、やけに茉由に絡むやん」
「うん? それがなに?」
会話内容はどうやら私のことらしい。嬉しくて顔がほろこんだ。しかし、次の発言で口角が上がりまくりの私の顔に混乱が広がった。
「彩の好きな人って誰なん?」
美優紀が探りを入れるように問いただした。彩はクールを装ってるようだが、顔がほんのり赤くなったようにも見えた。大阪人の性でおいおい昼メロか、と思わず口に出して突っ込みたくなったが二人は至って真剣だったのでぐっと堪えた。
「さぁ? しらん」とぶっきらぼうに答える彩。「ふーん」と、美優紀もぶっきらぼうに返す。
「なんや、気になんの?」
「茉由にあんま近付くの止めてくれへん? なんか苛立つねん」
美優紀が苛立ちが込もった口調で話した。おやおや険悪ムード、と茉由は心配しつつも心のどこかでワクワクしていた。
「なんで? こっちの勝手やろ? 好きなヤツに絡んだらあかん?」
彩が強く返すと、別に、と美優紀はそっぽ向いた。
好きなヤツ、好きなヤツ、好きなヤツ……
大事なことなので三度、反芻した。これで確信した。二人とも私に首ったけだ。
なんだか小恥ずかしくなり、その場を離れた。しばらく離れたところで足取りが軽くなって心を弾ませていた茉由の顔は頭から湯気が出る勢いで赤くなっていた。
それはアイドルではなく、完全に恋する少女の顔をしていた。