生誕祭!ふぉ。

 9月22日。京都の個別握手会。
 生誕祭に参加できなかった、たくさんのファンが並んで祝福してくれた。笑顔、元気、輝きを心掛けて握手している時だった。

「うん、ユイ大好き!」

 いくつかのレーンを挟んだ向こうから、不意に由依の声が聞こえた。自分の名前を一人称として呼んでいたのか、それとも私の名前を呼んでいたのか。確認しようにも仕切り壁が邪魔で見えない。
 考える暇もなくせわしく動き続けるレーン。次のファンが耳まで真っ赤にした様子で手を差し出してきた。それに合わせて、笑顔でファンの手を両手で優しく包む。
 彼は、やや緊張した声で訊いてきた。

「あのさっ、ゆいぽんのこと、好き?」

 私は、聞こえるように大声で返事した。

「うん! 私も、ユイのこと大好き!」

 彼女は今、どんな顔をしているんだろうか。握手会ならではの、ちょっとした青春なやりとりに、くすぐったいような嬉しさを覚える。
 お得意のアイドルスマイルではなく、頰をほころばせ、この上なく嬉しそうな顔をしている私がいた。

(にへへぇ)

 ちょっとの間、ファンに集中できなかったのは内緒だ。

 

 

 

 宿泊先のホテルのフロアにて、部屋割りが発表されていた。

「ゆいちゃんずでお願いします」

 名前ではなく、ゆいちゃんずとセットで呼んでくれたことがなんとなく嬉しかった。そして。

「渡辺梨加さんと織田奈那さん––––」

「平手友梨奈さんと長濱ねる––––」

 カップルが別部屋になったことに下らない安心を覚えていた。部屋割りの発表が終わると、スタッフは「じゃあ、この後の予定だけど」と続けた。

「ホテルが営業終了にもかかわらず、特別に夕食を準備してくださることになったので––––」

 スタッフの口調に含みがあることに気付いたメンバーたちは目を輝かせながら次の言葉を待った。

「それまでには各自、自由行動とします! ただし、ホテル内でね」

 メンバーたちの歓声が長い廊下にこだまする。

「えーどうする? そういえば、ゲームコーナーあったよね?」

「カラオケやろ!」

「卓球がいい!」

「人狼やろうぜ!」

 早速、自由行動の会議が開始されていた。まるで、修学旅行に参加している気分になる。

(まったく––––)

 以前まではこのグループがいかに恵まれているのか、気付く気配もなく温厚育ちに甘えるメンバーたちに苛立ちを通り越して呆れていたものだが、今となってはその“アットホーム感”がどれくらい有難いかが少し分かるようになってきた。それは、私がメンバーたちと共に欅坂を盛り上げていきたいと思えるようになったからなのかもしれない。

 皆して財布やら最低必需品を持ってエレベーターにドタドタ駆け込んだ。彼女たちには是非、災害時の「おかし」を復習させたい。
 エレベーターは定員8人乗りくらいしか運べない、こぢんまりとした箱になっていた。乗り遅れたのは、私と、由依と、あぶれたメンバーたちだった。
 スタッフたちは半ば呆れながらも我が子のように思っているのだろう、目に入れても痛くないといわんばかりに微笑んでいる。

 

 エレベーターが戻ってきて、ゆっくりと扉が開いた。驚くほどに静かな箱が現れると、どうしたものか、ほんのちょっとした寂しさを覚えるのであった。
 今度は皆、静かに乗っていく。次こそは、と乗ろうとしたが、これ以上は入れずまたもやあぶれてしまった。

「由依、先に行ってて」

 一人分にもカウントしなさそうな細身の彼女にそう伝えると、笑顔でコクコク頷いだ。

「わかった、下で待ってるね」

 近くで、ねるが独り言のように「階段の方が早か」と呟いたのを聞いた頃には、すでに階段を降りていく彼女の後ろ姿があった。急いでいたのかは分からないが、階段の方が早いと判断したのだろう。

 エレベーターの扉が静かに閉じようとした時、男性マネージャーが何かを思い出したように「あっ」と声を上げた。しかし、時を同じくして扉が閉じ、それから下降していく音が聞こえた。
 あぶれ組の私たちはマネージャーの方へ顔を向けると、彼は私に目を合わせてきた。

(ぬっ!? やな予感がするゾ……)

「今泉さん、悪いけど頼まれてくれるかな?」

 彼はにこやかな笑顔をしてDVDケースらしきものを差し出している。

「TAKAHIRO先生から平手さんに渡してほしい、と頼まれてね」

 おそらく、男性である彼は女性の部屋に入るのは憚れる思いがあったのだろう。実は、平手にも彼と同じモノ・・・・・・が付いているということを彼は知らない。

「じゃあ、よろしくね」

 私は押し付けられるように平手の部屋のキーとDVDを受け取った。由依のことが気掛かりだったが、手間がかかるような用でもないしいいか、と承諾した。

(やれやれ、しょうがない)

 きびすを返して、平手の部屋に向かおうとした時––––。

「私も行くー」

 気怠けだるそうな声がしたかと思うと、面倒臭がりの志田が珍しく自ら買って乗り出たではないか。

(へっ?)

「へっ……」

 つい思っていることが口に出たのを、咳払いして誤魔化ごまかす。

「理佐、悪いけど先行ってて」

 志田は理佐にそう伝えると私に「じゃ、行こ」と肩を置いてきた。表情はいつもと変わらないポーカーフェイスを浮かべている。

(変なの)

 私は怪訝けげんな顔をしつつも、志田と一緒に平手の部屋に向かった。

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