午前の握手会、2部が終わったところで本日のメインディッシュ、生誕祭が始まり「Have a nice day」の曲が流れた。「欅って、書けない?」で放送された楽屋隠し撮り企画で、私がずっと歌っていた曲だった。
曲に合わせて主役の私も入場すると、会場のファンからハッピーバーズデーの歌がプレゼントされた。
手紙と花を抱えて私の前に現れたのは––––予想した通りの人、由依だった。
由依は手紙を広げると、照れ臭そうに切り出した。
「ずーみんへ。初めて会ったのは3次審査の時でした」
貴女を一目で気になった彼女は、話す前からずっと目で貴女を追いかけていた。
彼女が勇気を出して話しかけたら、貴女は「同じグループに同じ名前が二人も必要ないよね」と素っ気なく答えた。
(私、そんなこと言ってたな。尖っていたとはいえ、恥ずかしいな)
「でも……〝ゆい〟という名前ではなかったらゆいちゃんずはできなかっただろうし、名前だけじゃなくてオーディションを受けてなかったら出会ってなかったし、自分の名前が〝ゆい〟で良かったです」
“ゆいちゃんず”を組んだ当初は、歌に対する思いや方向性の相違などで、ちょっとした衝突もあった。いつしか下らない話でもできるくらいには打ち解けていて、気が付くと貴女といると笑っている彼女がいた。
「私と出会ってくれてありがとう。運命の出会いだと思ってます」
貴女と彼女。二人を紡いだのは“歌”だった。ギターを抱えて、ファンの前で好きな“歌”を熱唱する。
「ずーみんが隣にいると安心します。だからこれからも隣にいてください」
いつだって彼女の側にいるのは、他ならない貴女だったから。
「ゆいちゃんずの、欅坂の夢のために頑張ろうね」
彼女が手紙を読み終えると、拍手喝采が起きた。私の胸奥に温かいものが広がっていくのを感じ、涙が溢れ出した。
この時、照れ臭そうにしていた由依の瞳がまっすぐに私を捉えていて、心臓がプレストの速度で奏で始める。
とくん––––
私の楽譜には、ファンと平手なくしては成り立たないと思っていたが、由依も間違いなく必要だった。むしろ、ライバルになるのは平手ではなく同じ“ゆい”の彼女かもしれない。
とくん、とくん––––
失恋は想像以上のダメージを私に与えた。たかが失恋。それだけでも欅坂46に居るのが辛いくらい弱っていた私に、まだ頑張る理由が見つかった。
楽譜の終止線はまだ、見えない。
涙で滲んで見えづらかったけど、生誕祭の団扇を手に私を祝福する仲間たちがいた。
欅の中で特に仲がいい上村も、着物の上から生誕Tシャツを着けてくれていた。見るにはかなりアンバランスなファッションだが、後から聞いた話によると、周りから変だと注意されても、どうしてもと着てくれたらしい。
私を祝ってくれたファン。メンバー。スタッフ。そして、家族。
家に帰ったら18本の蝋燭が立てられたケーキが待っている。リクエストした魚肉ソーセージケーキは難しいかもしれないけど。
私はずっと孤独に感じて生きてきた。しかし、私は一人ではない。
顔を上げると、口の端に八重歯をのぞかせながら貴女に優しく微笑んだ。由依とだったらなんでも乗り越えられるかもしれない––––。
皆に頭を下げて礼を言った。
「これからも欅坂46と今泉佑唯の応援よろしくお願いしますっ!」
さて、私が裸足だった理由だが。
「素敵な生誕祭を開いてくださったファンの皆さまにお礼に私が欅坂46の最終審査で歌った一青窈さんのハナミヅキを歌います」
私は“歌姫”に切り替えた。
本当に良い一日だった。尊敬する西野カナ様の歌を口遊む。
(I say––––)
Have a nice day!