9月11日。幕張メッセ。
今日の個別握手会はすごく特別な日だった。生誕祭が行われる日で、主役の握手レーンだけ華やかに装飾されていた。本日の主役は、私だ。
まず、握手レーンには「18th Birthday live」のポップ調のフォントが刷られた看板が乗ったガーデンアーチ・ゲートが構えており、アーチを覆うように色とりどりの花と緑色のつる性植物でバランスよく彩られている。
華やかなゲートをくぐり抜けたところで目に入る、レーンを隔てる白い柵には五本の水平線が引かれており、線上には音符が書かれているようにデコレーションが施されている。学生時代によく見ていた、楽譜をイメージしたセットとなっていた。そして、音符の赤と緑の2色、それは私のサイリウムカラーでもあった。
レーンを進むと、握手ブースには山のように贈られた祝花とバースデーバルーンが私を出迎える。まるで、ファンタジーの世界に紛れ込んだかのような気分になる。
そんな異世界の中にセンターが立っていた。サイレントマジョリティーの衣装を身につけている野原しんのすけの縫いぐるみがぽつんと飾られていた。少しシュールな光景であったが、どの装飾も私を関連づけたもので、ファンたちが時間と金をかけて頑張ってくれたのだと思うと嬉しくなる。
「あははっ、なにこれ~すごい」
男の子なのにスカートを履かせられているしんちゃんを持ち上げて、独り言のようにモノマネを始めた。
「一生の宝物にするゾ」
並んでくれたファンたちが「誕生日おめでとう」と、矢継ぎ早に暖かい言葉をかけてくれた。中には準備してくれた生誕祭実行委員会の人もいて、彼らも満足の出来だったらしく、興奮気味に喋っている。
「頑張ったけど、どう?」
「お花、俺が贈ったの!」
「写真をブログに載せて欲しい~!」
いつも通りの握手会光景の中で異彩を放つ私の生誕レーン。今日しか存在しない異空間の中、5本線の前で並んでいるファンたちの構図が段々と「楽譜」のように見えてきた。
ゲートをくぐったファンがオタマジャクシのように変化して、やがて音符の形へと形状していく。そう、目の前にあるのは音符の列だ。
学生、フリーター、会社員、主婦、男、女……色んな人がいるように––––全音符、2分音符の人、付点音符、連符、休符……十人十色の音が曲の譜面を書いていく。
楽譜に音符なくしては成り立たない。素敵な曲を奏でるには、立派な楽譜が必要だ。そのためにも、音符––––ファンひとりひとりとの秒単位の出会いを大切にする。
アイドルはファン無くしては成り立たない、というのは私の中でも覆すことのない「必勝法」でもある。
私は恩返しの形として奏者となり、楽譜を演奏していく。アイドル史に残る“新曲”を遺すためにも、演奏は誰にも邪魔させない。不協和音は嫌いだ。
アマービレに。
コンスピリートに。
ブリランテに。
自分に指揮するように、笑顔で、元気で、輝いて、ファンに感謝の気持ちを伝えていく。
ファンは笑顔のままレーンから出ていくと、元の状態へ戻って、その人の日常へと帰っていく。
私は握手会が大のつくほど好きで、夢でも握手していることがあるくらいだ。過去が夢で蘇って、恐怖のあまり夜中に起きていたあの頃と比べると、はるかに幸せでならない。
一人一人に感謝の気持ちを伝えていると、ある一人のファンが首を傾げながら訊いてきた。
「もしかして、ずーみん緊張してる?」
図星だった。私は緊張していた。