ポカポカ!ふぉ。

 休憩時間の私はいつも由依のそばにいた。
 ドラマ衣装とはいえ、由依とお揃いのブレスレットを大変気に入っていた。革製のリストバンドにシルバーアクセサリータイプのギターピックがぶら下がっている。
 一緒にギターを持って「渋谷川」を演奏する。弾き始めると自然と私たちの周りにメンバーが集まって来た。

 メンバーたちの後ろの方で平手が楽しそうにリズムをとってくれて、安心を覚えるとともに嬉しくなる。しかし、平手の視線は隣の彼女に注がれている。たまに、お互い照れたりして見てるこちらがむずかゆくなるような、初々ういういしいカップル像を我々に悪意なく見せつけている。
 私はそこで平手の様子を確認するのをやめればよかった、と後悔した。平手の手が渡辺の手としっかり恋人繋ぎしているのを見て、私は思わず苦笑いを浮かべる。

(仲直りしたんだ、よかったね–––––)

 しょげた口をなんとか動かして途切れないように歌い切り、メンバーたちの大喝采だいかっさいを浴びた。青春の1ページのような光景の中で、一人だけいつわりの笑顔を浮かべる人がいるとしたら、それはきっと私だろう。後ろの方を見ないように努めた。

 メンバーたちはまたバラバラに散っていき、寝始めたりスマートフォンをいじったりしてる中、私は小腹が空いたのでポケットに忍ばせていたオレンジ色の棒を取り出す。西野カナの歌を口ずさみながらオレンジ色のシートをがし、口に運ぼうとしたところで由依が首をかしげながら訊いてきた。

「何、それ」

「魚肉ソーセージ!」

 由依の前でソーセージを振らせる。ふにふにと揺れる感じがたまらなく好きだ。

「好きなの?」

「うん、最近知って好きになっちゃった!」

 「へぇ」と興味なさそうな返答を受け流しながら、ソーセージに威勢良くかぶりつく。この、微妙な歯応えがありつつ柔らかい食感がたまらなく好きだった。

「ん~美味しい。魚肉ソーセージのケーキ欲しい!」

「なにそれ、ちょっとシュール」

「でも、やっぱり肉が好き!」

 私は大きく息を吸って口を開いた。

「上ミノ~ホルモン~」

 私はおちゃらけながら、十八番おはこの「肉の歌」を歌う。

「また肉の歌」

 由依は呆れたように笑いつつも、手拍子で合わせてくれている。
 私の方が年上なのに、由依の方がずっとお姉ちゃんでしっかりしていた。それはきっと由依の精神年齢が高いお陰なのだろうけど。女のコミュニティに苦手意識を持っていたのに、由依と一緒にいると不思議と息苦しさとかなくて、むしろホッとする温かい心地よさがあった。

 自分は欅坂46に入っても、いつものように皆とは距離を置く予定だった。芸能界は群れることこそ愚かな行為であるということは、地下アイドル時代から嫌というほど思い知らされている。
 そんな自分の決めつけた固定観念を由依はそっと優しくかしてくれる。
 やっと私にも「仲間」だと言える存在を見つけちゃったみたい––––。

 由依はお揃いのギターピックのブレスレットを見ながら言った。揺れるピックは太陽の光を反射してキラキラときらめいている。

「ギターって付け焼き刃の特技だったんだよね、特技なくて」

 犬のような丸っこい垂れ目を細めて、腕を揺らしながらピックに反射する光で遊んでいた。反射した光が不規則に教室のあちこちを彷徨さまよう。

「でも、今こうして佑唯ちゃんとデュエットできるから。ギター始めて良かったなって」

 ようやく目を合わせてくれた由依の目が輝いていた。ブレスレットの光の反射を受けているせいだろうが、この時の由依の茶色い瞳がキラキラと煌めいていて、瞳の中の小さな美しい世界に引きずり込まれそうになる。

「佑唯とこうしてるときが一番、楽しい」

 由依はかなり照れたのか、口を丸めながらギターのチューニングを始めた。
 私はデリケートになっている心がえるのを覚え、ポジティブな感情が戻ってくるのを感じて心身共に温かくなった気がした。
 自然と笑顔を由依に向けた。「あ、笑った」と由依は嬉しそうに私のほっぺたをつついた。

「ずっと元気なかったから心配してた」

 今度は切なげな瞳で私を見つめてくる。

「佑唯はプロだから、どんな時でも笑えるんだろけど。なんとなく元気なさそうに見えた気がしたから」

 由依は本当に鋭い。由依には嘘つけないな、と思った。

「ごめん、なんか話しすぎた」

 由依はばつ悪そうにうつむいた。

「お前は私の何を知ってるんだ、ってなるよね。ごめん」

「や、そんなことはないよ」

「けどこれだけは言わせて」

 由依はニコッと笑って、チャームポイントの八重歯を覗かせて言った。

「私は、佑唯の笑顔がないと不安になるんだ」

 真夏の熱がこもった教室に清々すがすがしい風が吹き抜けて、突然心が洗われたような爽やかさを感じるのであった。それから、ポカポカと温かい気持ちになった。窓から射す太陽の光が余計熱く感じる。
 恥ずかしくて照れ臭くて、それでいてなんともいえない幸せな気分が私たちを包んでいた。

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