通過儀礼の刑、への準備

 キリマンジャロだの、モカだの、マンデリンだの。カフェオレでしか嗜みのない私には違いがわからないから、とりあえず響きが可愛いモカにした。
 ネルドリップというらしい、いた珈琲豆に優しく円を描くように湯が注がれ、じわりと香りがくゆり出す。マスターが、れたコーヒーを差し出しながら訊いてきた。

「お嬢さん、随分とめかしこんでるね。デートかい?」

 私は周りを伺った。客は常連と思しきおばあさんしかいない。ドキドキしながら元気よく答えた。

「はいっ!」

 陽が現れてまた明るくなった。目を細める。
 不安に気付かないふりして本を開くも、読書という行為に没頭できなかった。活字がこうも頭に入らないとは。物語は山場を迎え、これからが怒涛の展開になろうというにもかかわらずにだ。仕方なく本を閉じて、再びため息をつく。

 ふと思う。女は誰しも皆、処女おとめだった時代がある。綺麗な女優だって、学校の先生だって、自分のお母さんだって。そして、処女を奪う者が世界中に一人は存在する。
 破瓜はかの瞬間を迎える時、処女おとめたちはどう感じたのだろう。なにを考えたのだろう。どれだけの痛みを味わったのだろう。

 緊張反面、不安反面、なんだか少し寂しいような気もする。セックスしたらもう、処女おとめだった頃の私にはどうやっても戻ることはできない。あれだけ楽しみにしていた「大人の階段」を登っていく秘密の遊びが、なぜかナイーブなものに感じられた。
 人間は大きな節目を迎える時、怖気ついてしまうのはなんでなんだろうか。

15歳で処女卒業は早すぎるんじゃないか。
同じグループのメンバーはまずいんじゃないか。
卒業相手がふたなりでいいのか。
隠密裏おんみつりに関係を続けたところでいずれ、バレてしまうのではないか。

 翻意しようとしている自分がいる。コーヒーがぬるくなってきたのが、更に美味しくなく感じてしまった。

「次は○○駅です」

 動悸が激しくなった。慌てて停車ボタンを押す。不味いコーヒーを一気にあおった。めちゃくちゃ苦い。大人になるということは、苦いを美味と捉えられるようになるということなのだろうか。

 停車駅には、世界にただ一人、私の処女を奪う人が笑顔を浮かべて待ち構えていた。あんなにしつこかった憂鬱が一瞬で吹き飛ぶ。空は明るくれわたり、陽の周りにはかさが現れていた。

 珈琲の仄かな香りの余韻を楽しめている私。処女とお別れするイニシエーションを受ける準備はもう、できていた。

+3

2件のコメント

  1. さくらん坊様

    お返事ありがとうございます。
    最新作2作早速拝読いたしました。

    あおたん、どうなっちゃうのぉ!?

    楽しみです!!

    +1
    1. >うに 様

      毎度コメント、そして早速拝読いただき有難う御座います。
      どうなっちゃうんでしょうねぇ!?

      楽しみにしててください☆笑

      0

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