不安でいっぱい♡

「茜」

 ぱたん、とアルバムが閉じる音がした。友香は私の腕が解かないよう繋ぎ留めつつ、器用にこちらに向き直った。

「それは絶対に違う」

 声は変わらず朗らかな調子だが、私を黙らせるだけの力を潜めた眼差しを向けてくるのは初めてのことだった。私は、自分の顔がみるみるとあかくなっていくのを鏡を見なくてもわかった。
 友香はやおらに手を伸ばして、私の涙をぬぐった。頬に触れる手の暖かい体温に、また涙を流した。

「私にとっては、茜はとても可愛い恋人だよ。欅の中でも一番かわいいと思ってる。内緒だけどね」

「本当に?」

 友香の手を包むように握ると、彼女は照れたのか目を細めた。

「茜が誰よりも努力家で、負けず嫌いな情熱家なところもあって、ますます綺麗になっていくのを近くで見ているし、皆も知ってる」

 友香の言葉には力強くも温かい響きがあった。私は全ての悩みを忘れた。

「そんな魅力的でしょうがない茜を理由もなく1列目に置くはずがないよ。そんなの、私が許せない」

 友香の普段あまり人に見せない情熱的な部分を私に見せてくれていることが嬉しくなって、熱い涙がまたひとつ溢れた。

「ゆっかーって私のこと好きすぎでしょ」

 生意気に言ったつもりが。

「はい!」

 威勢よく素直に答えられて、思わず目を丸くした。嗚呼、また顔が熱い。

「私のどこが好き?」

 さっきの言葉だけでも十分嬉しいのに、もっと私が喜ぶような言葉が欲しくて甘える。もっと褒められたい。アイドルに入ってから低くなっていた自己肯定感を癒したい。

「ええー? 全部!」

(なにそのボンヤリとした答え)

 面白くないと思って睨んだので、友香は「おっと、そうだなー」と急いで話を続けた。

「熱いところとか」

「皆、冷めすぎなだけ」

 運動会のことを思い出してしまった。振り返ってみると、私だけが熱くなって馬鹿みたいに映えた。今になって腹立たしくなったのか思わず溜息が漏れた。

「キッと怒った顔も」

「ドM」

「泣く顔も」

「はぁ? ちょっと……」

「キスする時の顔も……」

「ば、馬鹿じゃないの! まだしてないし!」

 友香は気持ち悪いぐらいに破顔して、手を合わせてヘラヘラしながら謝りはじめた。嬉しいのか、怖いのか、よくわからない。

「欅……いや、日本一……いや、世界一……いや! 銀河一可愛い!」

「ちょっと恥ずかしいから! やーめーてーよー」

 と言いつつも、嬉しくて頬が緩みまくっているのが自分でもわかる。

「茜が可愛いのは私が保証するから、だから、自信持ってフロントに立って欲しいな。それに好きな人が前線にいるなんて誇らしいよ、本当だよ」

 友香は優しい。私が暗に一列目の人たちに失礼な言葉を働いたことをわざわざとがめたりしない。

「そうだね、私ったら……葵とみーちゃんとさとし達に失礼だったよね。ほんと、ごめん」

 懺悔ざんげするかのように反省の言葉を口にしたら、罪悪感がふつふつと蘇って自己嫌悪になり始める。そんな私を制するように遮った。

「きっと、なにか期待があってのだと思うよ」

 友香の見せる微笑みが心強く感じた。友香は私に対してはいつだって寛仁で、親切で、そして優しい。本当に私にはもったいない恋人だなとつくづく思う。

「なによ、ゆっかーのくせに」

 たまらず友香の首に腕を回す。

「今日こそはキスしてやるんだから!」

 目を見開いて「おおーっ」と、おどける友香。筋金入りのお嬢様なのに決して気取ったりせず、馬鹿っぽい表情を見せれる。そんなところがまた、愛おしい。
 普段メンバー達から舐められがちな自慢の恋人にお膳立てしてあげるべく、目を閉じて口を突き出す。

……

……来る気配がない。

(まだ? 乙女を待たせるんじゃないわよ)

 と、毒吐いていたら。細く温かい指が触れてきて、それから髪を左右によけてきた。友香は無自覚だろうが焦らされてるようで、私はやきもきする。しかし、目を開けるのを堪える。

(あ……)

 気配を感じた。温もり。それから、友香の高級そうな香水の香りが茜の鼻腔をくすぐり、いよいよ鼻息が肌に当たった。

(きた……!)

ドンドン

 驚きで目を開く。友香の顔が至近距離にあった。あまりにも間近にいるもんだから、私たちは照れに負けて離れた。

「ゆっかねん! いるんだろー? 一緒に人狼やろーよ」

 ドアの向こうにいる空気を読まない犯人は志田だと分かると、チッと舌打ちしたくなる……が恋人の手前、イイ女でいたいと思うのが乙女心だ。くっ、と堪えた。偉い、私。

「もーもなってば、本当空気読まない!」

「せっかくだし、行こうか!」

 パタパタと赤い顔を手であおいで、いそいそとドアに向かう友香の背中に、私は心の中で語りかける。

ゆっかー、ありがとう。
貴方はいつも私に自信を与えてくれる。私のシンメは永遠にゆっかーだよ。

 それから最後に、若さ故の想いかもしれないものの、それでも思ったことに偽りはない。

人生のシンメにもなってほしいな、なんて。

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2件のコメント

  1. ああああああもう!
    あとちょっとだったのに!!

    ゆっかねんの大人な恋愛、大好物です。

    コメント欄うるさくしてすみません。
    続き気になって夜しか寝れないので
    応援のつもりでいつもおくらせていただいています。

    +1
  2. 最近更新がなくて悲しいです
    このサイトの名前を忘れないかぎりずっと待っています

    +1

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