来る日も梨加ちゃんへの想いを振り払うように、ダンスレッスンに明け暮れる。
休憩中にふと、カレンダーを見る。赤いペンで丸が囲んであった3月17日まであと数日しかなかった。その日にはある文字が書かれていた。
3月17日、「デビューカウントダウンライブ!!」––––。
ドクンと胸を打つ。
もし、新曲初披露でファンの反応が悪かったら?
もし、新曲初披露で振りを間違えたら?
もし、新曲が大コケしたら?
今までお見立て会とかに来ていたファン達の顔が恐ろしい顔に豹変して、皆して私を責めたてる。
「おまえがセンターやったせいで失敗したんだぞ!」
秋元プロデューサーが曇った顔で眼鏡を整えながら言う。
「欅坂46は失敗でした。見切りましょう」
メンバー達が私を恨めしそうに私を睨む中、梨加ちゃんが冷たい表情を浮かべている。
「さよなら……」
頭を抱えた。今にでも叫びたいぐらい、不安に押し潰されそうだった。顔を上げると私は今、まさに交差点に立っていた。その先に広がる無数の道に軽い目眩を覚える。
あの道だろうか。いや違う。
この道か。これも違う。
いやそっちの道だ。やっぱり違う。
先の見えない道を右往左往していた。完全な迷子になっている私の身体に不安の種が植え付けられて、蝕まれていく。どんどん浅くなる呼吸。噴き出てくる冷たい汗。
どこかに逃げ道はーー。早く、ここから逃げ出さないと––––。
(おい、しっかりしろ!)
弱気になっている自分に喝を入れた。ゆっくりと、深く、深呼吸する。
焦るな。一回立ち止まろう。そして、整理しよう。
自分には「デビューシングルのセンター」という重役を果たす責務がある。売れる売れないは置いといて、やるしかないんだ。まずは目の前の仕事に集中しなきゃ。
その後は、梨加ちゃんにはちゃんと想いを伝えよう。
カレンダーの赤い丸までの日に全てバツが加えられた。とうとう、新曲「サイレントマジョリティー」初披露の日がやってきた。
センターというのは実に孤独な存在だ。きっとセンターの辛さは、センターにしか伝わらないだろう。
仲間全員で円陣を組む前に、ねるが私の気持ちを汲んだかのようににっこりと微笑みながら私を抱きしめてきた。
彼女は長濱ねる。欅坂ではなく、けやき坂のグループの一人で、本当に一人だけだった。諸事情で遅れて加入してきたため、今回は選抜には入ってない。彼女も彼女で辛いはずだ。しかし、不満そうな表情を一切見せず、MV撮影とかで暖かいお茶やタオルを持ってきてくれたりした。
駄目だ、自分のことばっか考えてて。彼女の分まで頑張らなきゃ。そう、彼女だけじゃない。数万人の人が欅坂46に入りたくても、ここまで辿り着けなかった。私はその人たちの分まで背負っていかなければならない。胸を張っていかなきゃ。
梨加ちゃんを一瞥すると、目が合った。今度は逸らさず、しばらく私と目を合わせていた。その瞳が何を訴えているのかは分からなかったが、彼女の手が微かに震えていた。
彼女も私と同じで不安なのだ。横の人たちも後ろの人たちも、不安なのだ。そこで私がしっかり背中を見せないでどうする。
梨加ちゃんに、にっこりと微笑む。きちんと笑えていたかどうかはわからないが。
梨加ちゃん、これが終わったら伝えたいことがあります。
スタッフから合図が来る。目を閉じる。目を閉じた先には、たった一本だけの道があった。それに向かって駆け出す。
私は本能的に、センターモードに入った。猛る心に思わず震えた。武者震いなのか、否、身体が歓喜しているのだ。
この時の記憶はないのだが周りのメンバーの視線が一斉に私に集まり、息を飲んだ。そしてメンバー皆もが思った。「本物の、センターがいる」と。
そこに居たのは中学生、平手友梨奈ではなく。センター、平手友梨奈だった。
欅坂46、進発––––。