センター、発進

 初めての唇同士の感触。
 キスを済ませていたかつての同級生によると「キスの感触はマシュマロ」らしいが、梨加ちゃんの唇はマシュマロよりフワッとしていて、熱くてとろけそうだった。頭に5アンペアぐらいの電流が流れたような痺れる感覚。
 私の唇は花の甘い蜜を吸う蝶々のように、梨加ちゃんの唇にしっかりとくっついていた。

 日が暮れて辺りが森閑とする中、電車がガーーッと音を立てて私たちの横を通過する。きっと、乗客の何人かに見られただろう。
 梨加ちゃんが、力いっぱい私を押し離した。唇から離れて初めて目を開けた私の瞳に映った梨加ちゃんの顔はとんでもなく赤くて、目が潤んでいた。

 その後の記憶はない。気付いたら寮の部屋に戻って、テレビをつけていた。
 テレビは今話題の月9ドラマの最終回が放映されていたが、内容が頭に入らなかった。ひたすら自分の唇を触ったり押し潰したりして、梨加ちゃんの唇の感触を思い出していた。
 就寝時間も来て部屋の電気を消してベッドに入り、日課を果たそうと手を股間に持っていく。
 初めて自分のペニスを擦って射精する行為を覚えたあの日から私は毎晩、自慰にふけっていた。これまではただペニスを擦って射精するだけの作業に近い自慰をしてきたが、梨加ちゃんのことを思い出すと股間が疼きだした。
 女の子らしい香りがした柔い髪、そして柔らかな唇。梨加ちゃんにもっと触れたい。キス以上のことをする梨加ちゃんの顔を空想しながら股間を撫でているところで、われに返った。

 おい、何をしているんだ。相手は〝仲間〟だぞ。

 股間から離れて、代わりにズボンをギュッと掴んだ。
 キスをしてしまった、それも強引に。その時の自分はまるで自分じゃないみたいで、どうしたんだろうか、なぜあんなことをしたんだろうか、と何度も自問自答を繰り返した。最終的には絶対に嫌われた、ということしか思い浮かばなくなった。悶々して眠れない夜を過ごした。

 

 翌朝。結局外が明るくなる頃に意識を放したが、すぐに朝ご飯の時間が来て起こされた。ここまで寝不足なのは初めてだった。
 食堂にはほとんどの子が集まっており、テーブルに並べられたおいしそうな朝食を頬張っている。
 私が入室してから5分ほどして梨加ちゃんも入ってきた。バッチリと目が合うと、すぐ逸らされた。

(そりゃ、そうだよね)

 当然の反応だということは分かってはいても、悲しかった。

「おはよ…」

 最後に来た志田が眠たげな顔で食堂に入ってきた。
 食堂の床にたたずんでるヌイグルミが目に入ったのか、志田の顔が水を浴びたかのように元気になった。そして悪巧みする時の顔をしていた。

「アオコもおはよう」

  そう言うと軽くアオコを蹴飛ばした。欅のジャイアンならではの弄りだった。

「あっ、アオコいじめないでぇ!」

「っしゃ! かかってこい!」

「こらっ、食事中はふざけないの!」

 寮母さんが二人を嗜める。

「はいはい、すいしゃせ~ん」

 志田と一緒にいる梨加ちゃんは実に楽しそうで、またジェラシーを覚えた。それ以降は梨加ちゃんとは気まずい日々が続いた。それでも梨加ちゃんに対する想いは募る一方だった。

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