「楽しかった…」
後ろで、耳をすまさないと分からないかもしれない声で私にお礼を述べてきた。
「あっ、はい。私も、楽しかったです…」
本当は「サメに見とれてる梨加ちゃんがかわいかった」と言いたかったのだが、きまりが悪くて口ごもった。
階段を降りるとき、梨加ちゃんの降り方が危なっかしくて保護者のように見張る。すると案の定、踏み外して転けた。
「きゃっ」
梨加ちゃんが踏み外して転びそうになったところを持ち前の反射神経で咄嗟に受け止める。その反動で梨加ちゃんの柔い髪の毛が顔にかかり、優しい香りが鼻腔を襲った。花の香りだろうか。まさしく女の子の香りで、それは梨加ちゃんの風貌に合っていた。
私は「匂いフェチ」だ。梨加ちゃんの髪の毛に顔を埋めて、貪るように嗅いだ。花に魅入られる蝶々のように、逆上せた私は梨加ちゃんが「痛い」と抵抗したことすら耳に入らなかった。
鼻が梨加ちゃんの生肌に達すると、シャンプーのような人工的ではない、梨加ちゃん特有の香りがした。思わず下半身が疼く。
「……?」
梨加ちゃんが違和感を感じたのか下の方を見る。彼女が下の方を見たまま微動だにしないことに気づき、我に返った私も彼女に続いて下を見ると、ペニスがズボン越しに梨加ちゃんの太ももに押し付けていることに気づいて慌てて離れた。
「ごめんなさい!」
梨加ちゃんはようやく事を察したのか頬を赤くして俯き出した。
「すみません! ほんと、すみません……。引きましたよね、ほんと気持ち悪いですよね……」
(私、何してるんだろ。まるで変態みたいじゃないか)
気まずくて、梨加ちゃんより3歩先を歩いた。寮暮らしなので帰り道が一緒だと思うと足取りが重くなった。さっきから「嫌われたかもしれない」という考えしか頭に浮かばなくて、自己嫌悪で涙がこぼれそうになる。
不意に腕袖が軽く引っ張られたので、恐る恐る首を回して一顧すると梨加ちゃんが俯きながら立ち止まっていた。
「その……さっきのこと、なんだけど……」
梨加ちゃんが目を泳がせながら、今日で一番低い声で話す。
来た。さあ、絶交宣言だ。
「うん……」
次の言葉を覚悟して返事する。逃げてしまいたい衝動に駆られる。しかし、次の言葉は私が予想した“悪い展開”とは全く異なるものだった。
「大丈夫だから」
「だ、大丈夫とは……?」
「ビックリしたけど、でも……気にしてない、から」
最後まで言うと、梨加ちゃんは顔を紅潮させてギュッと目と口を力一杯閉じた。いつもの唇を噛む癖をより強くしていた。彼女がかわいくて、脳の正常を失った。
気がつくと、私は彼女を抱き寄せて、唇を奪っていた。