涙の意味。

「志田ちゃんと……エッチとかしたの?」

「は?」

 トイレでたまたま葵と二人きりになって最初に聞いた言葉がこれである。あまりにも唐突すぎる質問に、口が開いた。いきなり何を聞き出すのかな、このオマセガキは。

「なんでそんなこと聞くの」

「別にいいじゃん……」

「別にいいなら聞かないでね、わかった?」

 諭すように言うと、ふくれ顔をして肩を揺らしながら対抗してきた。うざ可愛い。

「じゃあ!」

「なによ」

「なんで、志田ちゃんが! 理佐が……その……おっきいということを知ってるの!」

 最後は涙声に変わり、葵のつぶらな瞳がみるみる赤くなった。
 ああ、なんだそういうことか。葵はきっと、勉強ばかりしてきましたと言わんばかりの真面目ちゃんで、下ネタ耐性とか全然ない子だろう。ほんと小学生。

(少し、からかってみちゃうか)

 真顔の表情を作って、じりじりと葵を追い詰める。葵は戸惑ったような顔をして後退りした。彼女の背が壁につき、瞳から涙がこぼれる。少年にも見える幼顔の横に手を置いた。そっと置いたのに、彼女はウサギのように赤くした眼をギュッと閉じた。

(なんかまるで私が怖い人みたいじゃん。失礼じゃない?)

 この体勢は、いわゆる“壁ドン”というやつだ。そして、葵の耳にこう囁いた。

「私としてみる?」

 彼女が色黒だということを忘れさせられるぐらいに、かぁっと顔を紅潮させた。

「なーんて、冗談だよ、お子ちゃまとするわけないし!」

 こらえきれずに笑い出し、葵の頭をぐしゃぐしゃに撫でる。同時に入り口のドアが勢いよく開かれ、びっくりしてドアの方へ見遣ると、愛佳が飛び出してきた。

「探したぞー理佐! っと……邪魔だった? てか、泣いてるじゃん。いじめすぎー」

「いや、いきなり泣くからさ。意味わかんない。それに、少しからかっただけだし」

(いつも通りに冗談でいじって、子供のような反応して対抗してくると思ったのに、大人しく泣いてるし。本当にいじめているみたいじゃん……訳わかんない)

 愛佳はどうでもよさそうに「ふーん」と言うと、私の方を見てきた。「なにか?」と聞くと、愛佳は首を傾げながら尋ねてきた。

「なぁ今夜、理佐の部屋に行ってもいい?」

 「いいよ」と即答すると、愛佳は嬉しそうに微笑んで腕を絡ませてきた。
 互いに微笑を送りながらトイレを後にしようとしたところで、空いてる方の腕が強く引かれた。その拍子に愛佳の腕から離れる。

「今夜って、何するの……!」

 葵は、私の腕を両手で引っ張っては、駄々っ子のように泣きだした。いよいよ可哀想になってきたが、欲しいものを買って欲しいと駄々こねる小学生にしか見えなくて吹き出しそうになる。

 後ろから愛佳が私の肩に腕を乗せてきたかと思うと、含み笑いを浮かべながら「大人の~ハ・ナ・シ」と、目を丸くしておどけて言った。
 私も同調するように続ける。

「子供は早くおねんねしようね」

 目の前の小学生は、赤い顔を更に赤らめて「やだやだ」と、すがるように顔を振った。
 私は結局、葵の涙の意味が分からないまま、ドアをゆっくりと閉めた。「愛佳、見てあれ。可愛い」という言葉を残して。

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