ライブは無事に終わった。特に際立ったミスもなく、溜飲が下がった。同時に多くの反省点も見つけた。メンバーたち普段の皆からは想像できない程の全身に闘志を漲らせ、気合いの入ったパーフォマンスを見せた。私も闘志を沸き立たせずにはいられなかった。特に、平手の背中からは恐ろしいほどの闘志を感じた。
このままでは、皆に置いてかれて迷路のような交差点に一人取り残されてしまうだろう。初公演前の不安心が嘘だったかのように、今は次のステップへ進む闘志を燃やし始めていた。
そういえば、葵ちゃんの姿が見当たらない。
いつもなら何かのイベントや仕事が終わった後、私に抱きつくなり来るのに今日はその気配はなかった。世話の焼ける子、と文句を覚えつつも探してみる。
関係者の部屋や控え室をくまなく探し、トイレに入ったところで個室からすすり泣き声のような声が聞こえてきた。
「泣いてるの?」
少しでも慰めようと優しく訊く。すすり泣きは止むことはなかったが、しゃくりながら返答が来た。
「ううん…なんでもないの…」
「なんでもなくない? なんで泣いてるの」
しばらく間が空くと、トイレのドアがガチャリと開いた。目を真っ赤に泣き腫らした葵が出てきた。ひどい顔、と言う間もなく葵が私の胸に顔を埋めてきた。
「ねぇ……聞いて」
彼女の口癖の「ねーねー聞いて!」が、らしくもなく哀愁を帯びていた。聞くよ、と私は答える。
「私、中学生じゃん? もうすぐ高校生になるけど、同じ中学生のてちがセンターに立ってて。でも、私は最後列で……こういう結果は当たり前というか。てちすごいし。わかってたけど、踊ったら前の人がすごく大きくて。私なんか絶対見えなかったんだろうなと思うと悔しくて……」
うんうん、と相槌を打つ。その気持ちは痛いほど分かる。
2列目の私でさえいつ下がるのか内心ビクビクしているのに、欅坂46設立して間もないうちに「けやき坂」が出来るんだもん。芸能界は甘くないと思い知らされると同時に、アイドルへの理想と現実との違いを突きつけられてしまった気がして。まして、葵なんかはまだ中学生だし相当辛いだろう。
「それに、けやき坂も出来るし私もこのまま選抜から落ちるんかなと思うと不安で、怖くて……」
「すごくわかるよ」
私の腕の中で嗚咽を漏らす葵を強く抱きしめた。番組では「葵のことを虐めているドSなお姉ちゃん」というイメージが定着しつつある私だが、あれは半分本心で半分冗談なようなものだ。クールと見られがちだけど実はシャイで素直になれないだけの私に、ずけずけと土足で入ってくるような子はいなかった。だから嬉しかった。
そんな子が涙を流していると私は、ほっとけない。
仕事を終え、寮に戻り風呂に入ってさっぱりしたところで、外の空気を吸いたくなって廊下に出る。ひんやりする風が私の髪をかすかに揺すっていった。春の兆しは見えているとはいえ夜は肌寒さを覚えた。
視界の隅で愛佳が梨加ちゃんの部屋から出てくるのが見えた。
「またいつものいじめ?」
冗談めかしたつもりだった。しかし、愛佳の反応はなく微笑すら浮かべなかった。それどころかきつい目を少しつり上げたように見えた。
「違う。相談」
感情のこもっていない平坦な声が返ってきた。気まずい雰囲気が流れたのを愛佳は頓着することもなく、自分の部屋に戻っていった。そして、しっかりと鍵がかけられた。
すれ違った際に見えた表情には、お得意のポーカーフェイスにどこか寂しげな影を帯びていた。